2024年10月16日

鈴木蔵の作品を買取り致します。北岡技芳堂の骨董品買取りブログ

北岡技芳堂は、陶芸家 鈴木蔵先生作品を鑑定・買取りを強化中です。
鈴木蔵の作品に精通した専門の鑑定士が丁寧に査定致します。もし鈴木蔵の作品をお持ちでしたら、ぜひ北岡技芳堂にご相談下さい。

 

先代様の鈴木蔵のコレクションやご自身が蒐集されました作品、または譲り受けた鈴木蔵の作品、志埜(志野)などの陶芸作品を、遺品整理、生前整理、コレクションの整理、お引越し、リフォーム、片付けなど、ご所蔵の鈴木蔵の作品を正当な評価で売却したい方、後悔しないように、当店にご相談下さい。 誠意を持って、ご要望に沿うよう、高価買取をさせて頂きます。 出張買取のご希望の方は事情をお聞かせいただきご訪問させていただきます。

 

 

鈴木蔵 志野茶碗

 

鈴木蔵 志野茶碗

 

「志野には日本人の美意識の独自さと素晴らしさがある」と語る鈴木藏。作品を作るなら「新しくて、力強いもの」という姿勢を崩さず、古来の日本人の感性を現代の作品へと表現しています。

 

 

略歴 鈴木蔵(すずきおさむ)

 

1934年生まれ、美濃焼の産地として知られる岐阜県土岐市駄知町にて、釉薬の研究者であり岐阜県の陶磁器試験場の技師でもある鈴木通雄の長男として生まれます。

 

1953年(昭和28年)、岐阜県立多治見工業高等学校窯業科を卒業後、父・通雄が技術部長を任されていた丸幸陶苑試験室(幸兵衛窯関連会社の一般生活陶器製造会社)に入社します。窯業開発研究室の助手として働きながら陶土や釉薬などについて学び、陶芸の基礎的な知識を本格的に身につけます。さらに、五代目加藤幸兵衛(加藤卓男の父)から作陶の教え受け、荒川豊蔵や加藤土師萌などに師事するなど制作にも励みました。志野焼や織部焼への関心が高く、大平、大萱、九尻にある桃山時代の古窯跡を探索してその制作技法を研究しました。

 

1959年(昭和34年)に初出品した現代日本陶芸展にて佳作を受賞します。

 

1962年(昭和37)チェコ国際陶芸展でグランプリを受賞するなどの功績をあげます。

 

1968年(昭和43年)に独立。桃山時代の半地下式穴窯を研究した成果を取り入れた独自のガス窯を築いて焼成方法を研究するなど、現代的な技術を用いた新たな志野焼の開発に取り組みます。

 

1982年(昭和57年)には日本陶磁協会金賞を受賞します。

 

1987年(昭和62年)には芸術選奨文部大臣賞を獲得します。

 

1994年(平成6年)6月27日に重要無形文化財(人間国宝)「志野」保持者に認定されます。

 

1995年(平成7)に紫綬褒章を受章します。

 

2006年(平成18年)4月に旭日中綬章を受章します。

 

鈴木蔵の買取でよくある質問

 

Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが品物により、出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。

 

Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.鈴木蔵の作品は、当店が真贋を拝見させていただき、判断させていただきますので一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像を送ってください。

 

Q.鈴木蔵の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定をさせて頂き、買取りさせていただきます。

 

Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが買取り価格は低くなります。

 

Q.鈴木蔵の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は実際に作品を拝見させていただきます。

 

Q.鈴木蔵の作品ではありませんが買取りしていたかけますか?
A.陶芸作品でなくても絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。

 

 

鈴木蔵 志野茶碗

 

鈴木蔵 志野茶碗

 

「志野は日本で生まれた独特の創作であり、日本人の感性、美意識といった最も基本的なすべてが凝縮されている」。鈴木蔵のこの言葉は、志野の本質を突くものであり、簡潔な表現の背景には、半世紀にわたる伝統との対峙があり、積み重ねた思いを凝縮した深みがあります。

 

 

 

鈴木蔵の買取で当社が選ばれる理由

 

1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。

 

2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させいただいてております。

 

3.鈴木蔵作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせていただきます。

 

4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。

 

5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。

 

鈴木蔵 査定価格におけるポイント

 

鈴木蔵の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。

 

幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。

 

作品の種類

 

鈴木蔵先生はお抹茶茶碗が一番高値の査定価格が出来ます。30万円から70万円ぐらいの買取相場です。

 

ぐい呑みですと10万前後になります。板皿などは大きい割に査定価格は低いです。

 

保存状態

 

茶碗などは使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。

 

作品の出来・不出来

 

上がりが良い作品と上がりが悪い作品があります。釉薬の赤が華やかな作品の査定価格が、上がる傾向にあります。鈴木蔵展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。

 

制作年代

鈴木蔵先生の作品は、初期の作品よりも後期の作品の方が査定価格が上がる傾向にあります。

 


※このように同じ鈴木蔵の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。

 

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

 

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

 

どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。

 

裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

 

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

 

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。

 

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

 

骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】

 

愛知県名古屋市中区門前町2-10

 

電話052(251)5515

 

営業10:00-18:00

2024年10月15日

中里太郎右衛門の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ

中里太郎右衛門の陶芸作品を鑑定させて頂き、高価買取致します。

 

ご所蔵の中里太郎右衛門の売却を検討されておりましたら鑑定させて頂き、査定を致しまして、高価買取致します。

 

特に12代 中里太郎右衛門(無庵)13代中里太郎右衛門(逢庵)の陶芸作品を買取り致します。その中でも川喜田半泥子と交流のあった中里無庵の茶碗は特別に高価買取が可能となります。

 

 

中里太郎右衛門の歴史

 

現代に古唐津を蘇らせた伝統ある窯元 中里家の始まりは今から約400年前、江戸時代初期に遡ります。 当時陶工をしていた中里又七(のちの初代・中里太郎右衛門)が窯を開き、作陶に従事したことから始まりました。

 

しばらくは藩からの保護を受けていた唐津焼ですが、1734年から幕末にかけて、将軍家および高家への献上品としてのみ焼くことが許されるようになります。 この「献上唐津」により、多くの窯が閉鎖します。中里家のみが古唐津を伝承する形になりました。

 

このような経緯によって一時は途絶えてしまった古唐津ですが、1927年に12代目・中里太郎右衛門を襲名した中里無庵の働きにより、再び息を吹き返すことになります。

 

中里無庵は佐賀県や長崎県の唐津窯跡を調査することで、古唐津の技法を研究し、復興させました。また、唐津焼特有の「叩き技法」を用いて、従来と異なる新たな作風も生み出しています。

 

こうして現代に蘇った古唐津の技法は、13代目太朗右衛門、14代目太朗右衛門へと代々受け継がれ、現在に至ります。

 

 

 

中里無庵 茶碗 

 

中里無庵 茶碗

 

箱書きは太郎右衛門と書いてあるより無庵の箱書きのが高値で買取りできます。

 

 

 

中里太郎右衛門の買取でよくある質問

 

Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが品物により、出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。

 

Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.中里太郎右衛門の作品は、当店が真贋を拝見させていただき、判断させていただきますので一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像を送ってください。

 

Q.中里太郎右衛門の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定をさせて頂き、買取りさせていただきます。

 

Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが査定は低くなります。

 

Q.中里太郎右衛門の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は実際に作品を拝見させていただきます。

 

Q.陶芸作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。

 

 

 

中里太郎右衛門の買取で当社が選ばれる理由

 

1.当社は人件費や運営にコストを削減しておりますので高価買取させていただいております。

 

2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させいただいてております。

 

3.独自販売戦略があり、専門知識とデータにて適正価格にて買取りさせていただきます。

 

4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。

 

5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。

 

10年前に中里太朗右衛門窯に行った時の写真です。

 

10年前に中里太朗右衛門窯に行った時の写真です。

 

 

初代 中里又七 生没年不詳初代中里又七は肥前国唐津藩の御用焼物師の陶家です。

 

1720年(享保5)に5代中里喜平次が記した古文書(中里家蔵)によれば、 同じ高麗人の矢作や彦右衛門達と文禄年間1592年~1596年に伊万里市に「田代窯」を開窯した後、 大川原窯に移って岸岳直系の古唐津を焼成しました。 又七達が唐津藩主・寺沢志摩守広高の御用窯に任ぜられたのは1615年(元和元)とされ、 椎ノ峰窯へ移って寺澤氏の御用焼物師を務めました。

 

2代 中里太郎右衛門 生没年不詳

 

3代 中里甚右衛門 生年不詳~1703年(元禄16)

 

4代 中里太郎右衛門 生年不詳~1744年(延享元)

 

5代 中里喜平次 1691年(元禄4)~1757年(宝暦7)

 

6代 中里太郎右衛門 生年不詳~1786年(天明6)

 

7代 中里陶司 生年不詳~1823年(文政6)

 

8代 中里尚徳 生年不詳~1827年(文政10)

 

9代 中里太郎右衛門 生年不詳~1872年(明治5)

 

10代 中里一陶 生年不詳~1879年(明治12)

 

11代 中里太郎右衛門 1854年(安政元)~1924年(大正13)

 

11代中里太郎右衛門は捻り細工を専門としており、 猿、虎、牛、達磨、柿本人麻呂等の陶彫が残されています。 「からつ天祐作」の銘が多いです。

 

 

中里太朗右衛門窯

 

中里太朗右衛門窯

 

中里太郎右衛門窯の工房敷地内には、五代中里喜平次が築窯した「国指定史跡 唐人町御茶盌窯」があり、見学することができます。

 

12代 中里太郎右衛門(無庵) 1895年(明治28)~1985年(昭和60)

 

本名を中里重雄といいます。 代々当主が受け継ぐ名称が 中里太郎右衛門です。 そのため、中里無庵は隠居してから名乗るようになった名称です。 11代の次男として生まれた中里無庵は有田工業学校を卒業すると唐津窯業株式会社や唐津煉瓦株式会社で技師として勤務しながら基本的な陶技を習得していきました。

 

長男が家督を継がずに別の道へと進んだため、家を継承する事になり、材木商・無津呂家の養嗣子となっていましたが、父親が亡くなると12代を継承しました。

 

12代となってからは藩政の時代から使用してきた御茶碗窯を再建して新しく倒焔式石炭窯を築き、古唐津窯跡の発掘調査を行い、長らく途絶えていた古唐津の叩きの技法を完成させるなど功績を残しています。

 

こうして桃山時代の素朴で力強い作風に魅了された中里無庵は、日本陶磁上の歴史にも名を残した唐津焼の第一人者として知られるようになり、今日における唐津焼の隆盛の功績によって唐津無形文化財や重要無形文化財「唐津焼」保持者の認定を受けるまでになります。

 

主に茶陶を中心に制作を行っており、叩きの技法を駆使した壷や大花瓶などは高く評価され、彫塑的な表現に優れた獅子置物などにも秀作を残しています。 1959年には京都大徳寺にて得度して号「無庵」を拝領すると長男・忠夫に家督を譲り、以後は独自の作陶に没頭しました。

 

 

 

中里無庵 朝鮮唐津一重口水指

 

中里無庵 朝鮮唐津一重口水指

 

昭和2年に十二代太郎右衛門を継ぎ、昭和44年には大徳寺で得度し無庵の号を受け、太郎右衛門を息子に譲った後に「無庵」を隠居名とした。

 

13代 中里太郎右衛門(逢庵)1923年(大正12年)5月31日〜2009年(平成21年)

 

日本芸術院会員。本名中里忠夫。日本工匠会会長。国際陶芸アカデミー会員。中里無庵の長男であり、弟の中里重利、中里隆も陶芸家、自身の長男忠寛もまた14代中里太郎右衛門です。

 

進学に際しては後の作陶力向上のため絵画能力を重視した父無庵の意見により佐賀県立唐津中学校を経て美術学校である官立東京高等工芸学校工芸図案科に入学した経緯があります。

 

戦時中の1943年(昭和18年)には宮崎県の航空教育隊に入営、所属部隊が1945年5月に台湾の台北空港に展開、そのまま現地で終戦し1946年(昭和21年)まで台中で捕虜生活を経験しました。

 

古唐津再興を成した実父中里無庵の跡を継ぎ古唐津焼を研究し、その中でも「叩き」の技法を基本として独自の作風を築きました。しかしながら父より受け継いだ古唐津スタイルの伝統を堅持しつつも芸術性の高いモダンな唐津焼を求めました。

 

また作陶の傍らで唐津焼の起源を精力的に研究したことでも知られており、東南アジアなどを踏査した研究成果を多くの著作論文にまとめ積極的に発表し、2004年には提出した博士論文「唐津焼の研究」が京都造形芸術大学に認められ博士号を取得しました。

 

 

 

 

中里逢庵 唐津三島掻落し辰砂魚文偏壺

 

 

中里太朗右衛門の鑑定買取り評価

 

中里太朗右衛門の概要 日本の陶芸家で、特に美しい茶碗や器などの陶芸作品で知られています。また、彼の作品は茶道に関連するものが多く、その美術的価値は高く評価されています。

 

中里太朗右衛門の作品は、その独自のスタイルと希少性から、美術市場でも人気があり、コレクターの間で高い評価を受けています。

 

 

中里太朗右衛門の買取の査定プロセス

 

買取の際は、まず専門の鑑定士が作品の状態、年代、(落款)の有無、来歴などを評価します。特に有名な茶碗や、展覧会で展示されたことのあるもの作品などは、より高い査定額が期待できます。

 

市場価値 中里太朗右衛門の作品は、美術オークションや個人コレクター間での取引が盛んです。市場の動向や、最近の取引例を参考にしつつ、適正な価格を提案することができます。

 

 

作品の状態

 

陶芸作品は保存が価値に大きく影響します。欠損やひび割れの状態、修復の跡などにも価格に影響しますので、状態が良好な作品である事は、より高額での取引が可能です。

 

 

買取の流れ

 

まずは作品の写真や詳細を送って頂くか、直接査定をさせていただきます。作品の箱や付属品の写真もありますと詳しくご説明できます。

 

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

 

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

 

どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。

 

裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

 

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

 

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。

 

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

 

骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】

 

愛知県名古屋市中区門前町2-10

 

電話052(251)5515

 

営業10:00-18:00

2024年10月14日

三輪休雪の作品を買取りいたします。北岡技芳堂の骨董品買取りブログ

お持ちの三輪休雪の陶芸作品を、大切にしてくださる次のお客様へ橋渡し致します。高価買取りさせて頂きます。

 

三輪休雪は、近代陶芸の重要な人物であり高い人気があります。北岡技芳堂では三輪休雪の作品を高く評価して買い取りしています。 特に三輪休雪を代表する作品は高価買取いたします。 三輪休雪は萩焼独特の品格をもつ優れた作品を制作しております。

 

萩焼の代表的な作家で、しかも歴史も古く、茶碗を中心に水差や茶入などの作陶作品があります。

 

三輪休雪(みわ きゅうせつ)とは、山口県萩市の萩焼窯元・三輪窯の当主が代々襲名している名跡です。三輪窯は、江戸時代寛文年間に起こったと言われ、代々坂高麗左衛門の坂窯と共に萩藩の御用窯を務めていた由緒ある窯元です。 10代、11代の三輪休雪は、重要無形文化財「萩焼」の保持者です。

 

 

10代三輪休雪の茶碗

 

10代三輪休雪の茶碗

 

10代休雪の功績として「休雪白」と呼ばれる白萩釉を生み出した事にあります。休雪白は通常の白萩釉に比べ、焼き上がり時に降り積もる雪のようなふくよかな仕上がりになります。

 

 

三輪休雪の買取でよくある質問

 

Q.1点でも買取りしていただけますか?

 

A.1点でも買取り可能ですが品物により、出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。

 

Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?

 

A.三輪休雪の作品は、当店が真贋を拝見させていただき、判断させていただきますので一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像を送ってください。

 

Q.三輪休雪の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?

 

A.もちろん出張鑑定をさせていただき買取りさせていただきます。

 

Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?

 

A.共箱が無くても買取りは可能ですが買取り価格は低くなります。

 

Q.三輪休雪の作品は画像で査定していただけますか?

 

A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は実際に作品を拝見させていただきます。

 

Q.三輪休雪の作品ではありませんが買取りしていただけますか?

 

A.陶芸作品でなくても絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。

 

 

初代舜陶軒休雪

 

1630(寛永7)年~1705(宝永2)年 初代舜陶軒休雪は赤穴内蔵之助の子として生まれました。 本名を忠兵衛利定、号を休雪・普入といいます。 祖父は文禄・慶長の役の際に毛利一門の宍戸元続によって召致されてきた渡来陶工で、 石見国(島根県西部)で陶業を営んでいましたが、 毛利輝元の萩入封に際して蔵之助は萩に移住して小丸山に築窯したとされています。

 

1663(寛文3)年に佐伯家と共に萩藩の御雇細工人として召し抱えられました。

 

1682(天和2)年に初代佐伯半六が死去して2代となる子が幼少の為、 藩命により無田ヶ原の佐伯窯を継承して現在に至るまで陶業を続けています。 三輪家が佐伯窯を継承した事で2代佐伯半六は松本御用窯(松本萩)に従事しましたが、 3代佐伯半六の時に大釜という地に築窯して独立しました。 3代佐伯半六は赤川助右衛門の孫・赤川四郎右衛門の次男として生まれます。坂家の養子から佐伯家の養子となりましたが、

 

1700(元禄13)年、3代藩主・毛利綱広の命で京都に赴いて樂家の樂吉左衛門で技法を伝習しました。 李朝陶技に樂焼を導入するという萩焼技術史上において画期的な事項となりました。 以後、三輪家では代々藩主の求めに応じて樂焼も制作されました。

 

2代 弥兵衛利成 生年不詳~1728(享保13)年 2代弥兵衛利成は初代三輪休雪の三男として生まれました。

 

1745(延享2)年に佐伯家の先祖である「林姓」に改姓して「林半六」と名乗りました。

 

3代 忠兵衛利以 生年不詳~1729(享保14)年 3代忠兵衛利以は初代三輪休雪の長男として生まれました。

 

4代 休雪利之 生年不詳~1764(明和元)年 4代休雪利之は3代忠兵衛利以の養子となりました。 1744(延享元)年、藩命で初代三輪休雪に続いて京都の樂家で技法を伝習しました。

 

5代 勘七利近 生年不詳~1803(享和3)年

 

1817(文化14)年の6代林半六の時に子息出奔の咎によって林家は断絶しました。

 

6代 両蔵利武 生年不詳~1845(弘化2)年

 

7代源太左衛門利興 生年不詳~1865(慶応元)年

 

8代 雪山泥介 1840(天保11)年~1921(大正10)年 8代雪山泥介は本名を陶蔵、泥介とも名乗りました。 1865(慶応元)年、三輪家8代を襲名しました。 青年時代は高杉晋作の率いた奇兵隊に身を投じた程の客気でしたが、 健康上から国事を諦めて家業に復帰しました。 磁器製造の技術もあったとされ、東光寺焼等の他窯指導も行っています。 幕末から明治にかけての激動期に活躍した名工として知られており、 10代三輪休雪の指導も行いました。

 

9代三輪雪堂(雪山の子 ?~1927年)

 

10代三輪休和(本名邦廣、第9代雪堂の次男、人間国宝 1927年~1967年)

 

11代三輪壽雪(本名節夫、第9代雪堂の三男、人間国宝 1967年~2003年)

 

 

11代三輪休雪の茶碗

 

 

11代三輪休雪の茶碗

 

10代休和、11代寿雪共に川喜田半泥子と親しく共に三重県津市の千歳山まで何度も訪れたみたいです。

 

12代三輪龍氣生(本名龍作、第11代壽雪の長男 2003年~2019年)

 

13代三輪休雪(当代、本名和彦、第11代壽雪の三男 2019年~)

 

現在も続き当代も現在もご活躍されております。

 

12代 三輪休雪は、11代 三輪壽雪の長男として生まれました。本名は龍作。号は休雪といいます。 「萩焼」の人間国宝となった伯父の休和(10代休雪)と父の作陶姿を小さい頃から見て萩焼固有の技法に親しんでいました。 1967年、東京藝術大学大学院修了展に処女作であるオブジェ陶のハイヒールを「花子の優雅な生活」と題して発表しました。 1974年、山口県萩市椿東上野に築窯しました。 1980年茶陶制作を開始し、1992年に黒陶に色彩を加えた技法「黒陶彩」を発表。 2003年に12代三輪休雪を襲名します。 休雪は、萩焼の伝統的要素を取り入れつつ、自己の感覚を交え制作活動を繰り広げました。

 

 

12代 三輪休雪の水差

 

12代 三輪休雪の水差

 

13代三輪休雪は、1951年、山口県萩市に十一代三輪休雪(壽雪)の三男として生まれる。1975年に米サンフランシスコ・アート・インスティテュートに留学。1981年に帰国後、「不走庵 三輪窯」において作陶に入る。萩焼の概念を打ち破る独創的な表現が常に注目を集めてきた。2019年、十三代三輪休雪を襲名します。

 

 

13代 三輪休雪《エル キャピタン 茶碗》2020年

 

13代 三輪休雪《エル キャピタン 茶碗》2020年

 

13代三輪休雪になるとどうやってお茶を飲むのだろうと考えてしまいますが・・・・

 

先代、先先代の真似をしても仕方がありません。

 

しかし、迫力がありますね!

 

北岡技芳堂では、三輪休雪の作品の鑑定、査定、買取りを行っております。

 

当店では、歴代の三輪休雪の萩焼作品を、確かな鑑定と丁寧な査定を行い、お客様にご満足いただける高価買取をさせて頂いております。

 

以下に、買取の流れと査定・査定についてご説明させていただきます。

 

1. 無料査定・鑑定のご依頼 

 

三輪休雪の作品の査定・鑑定を無料で承ります。お電話での簡易査定、写真で詳細情報をメールで送信していただくか、直接店舗にお持ちください。場合によって出張査定をさせて頂きます。

 

2. 専門家による評価と査定

 

専門家が、作品の状態や制作された時代、箱書きの署名、真贋を確認させて頂きます。その上で現金で買取りを行います。

 

三輪休雪の買取で当社が選ばれる理由

 

1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。

 

2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させ頂いております。

 

3.三輪休雪の作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせて頂きます。

 

4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。

 

5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。

 

 

三輪休雪 査定価格におけるポイント

 

三輪休雪の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。

 

幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。

 

作品の種類

 

三輪休雪の作品は窯で出来る景色が重要で景色が鮮やかで綺麗な作品に高値の査定価格がつきます。

11代、12代、13代三輪休雪の作品が人気があります。

10万円から30万円ぐらいの買取相場です。ぐい呑みですと110万前後になります。

初期の作品は査定価格が低くなります。

鬼萩茶碗が高価格になる傾向にあります80万円の高値が付いたこともあります。

 

保存状態

 

茶碗などは使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。

 

作品の出来・不出来

 

三輪休雪の作品は焼き上がりの景色を重要とします。上がりが良い作品と上がりが悪い作品があります。

三輪休雪展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。

 

制作年代

 

三輪休雪の作品は、初期の作品よりも後期の作品の方が査定価格が上がる傾向にあります。

 

※このように同じ三輪休雪の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。

 

**************************************

 

弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

 

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

 

どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。

 

裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

 

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

 

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただく。

 

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

 

骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】

 

愛知県名古屋市中区門前町2-10

 

電話052(251)5515

 

営業10:00-18:00

2024年10月13日

三重県に出張買取り 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ

先日、三重県に出張買取り致しました。

北岡技芳堂は、骨董品、絵画、掛軸、茶道具、日本刀などを鑑定、買取り致しております。

お客様に満足していただける買取価格になるよう力を入れて頑張らせていただいております。四日市市内、県庁所在地の津市、をはじめ各市町村すべて買取対応可能地域ですので、まずは査定からでもお気軽にご相談・お問い合わせください。

三重県は北岡技芳堂四日市店があり三重県のお客様には時々鑑定、査定、買取りでお問い合わせいただいております。

今回は、菰野町のお客様のお宅へご訪問させていただきましたが、まだまだ古い旧家が多く、何が出てくるか分からないと思っております。

三重県菰野町
三重県菰野町

菰野町といえば戦国時代

初代藩主は土方雄氏(ひじかたかつうじ)。豊臣秀吉に仕えて伊勢国に3,000石を与えられると、1596年(慶長元年)には1万石の大名として諸侯に列することとなりました。 しかし豊臣秀吉の死後、土方雄氏の父「土方雄久」(ひじかたかつひさ)が「家康暗殺事件」の容疑をかけられると、これに連座して土方雄氏も領知没収の上で常陸国に追放され、佐竹義宣の預かりの身となりました。 なおこの一件は、豊臣一派の弱体化を狙う徳川家康と、その軍師である本多正信がでっち上げた事件だったと言われています。 しかし、関ヶ原の戦いの直前になって雄氏は許され、伊勢国から近江国にまたがり所領を与えられると、菰野に陣屋を構えて、これが菰野藩の始まりとなりました。 以降、土方雄氏は徳川家康に従い、関ヶ原の戦いにおいて東軍に従軍し、1614年(慶長19年)からの「大坂冬の陣・夏の陣」でも徳川方の先陣を務めて武功を挙げています。

そして、菰野藩を支えた女性、八重姫の存在を知っていますか。八重姫は織田信長の次男織田信雄の娘であり、織田信長の孫にあたる女性です。初代菰野藩主、土方雄氏の妻となり、3代にわたって菰野藩を支えたと言われています。

何かと織田家と縁があり菰野町

菰野町千草街道(ちぐさかいどう)とは近江(滋賀県)と伊勢(三重県)を結ぶ間道で、永源寺町甲津畑より鈴鹿山脈の杉峠を経て三重県菰野町千草に通じる道です。

多くの商人が行き来し栄えた道ですが、今は雨乞岳への登山道として利用されてます。 ところで、この道には日本の歴史を書き換えたかもしれない「事件」がありました。

それは元亀元年(1570)5月19日上洛帰途の織田信長は、東海道や八風街道まで佐々木氏や浅井氏、それに一揆勢に道をふさがれ、やむなくこの道を通ったところ六角承禎の密命を受けた杉谷善住坊が鉄砲で織田信長を狙撃、玉は信長の身体をかすめたものの、命に別状は無く無事岐阜に辿りつきました。

もし、この玉が命中していたら天下統一はもちろんのこと、歴史は大きく変わって いたでしょう。

~信長公記抜粋~

千種峠にて鉄砲打ち申すの事 五月十九日御下りのところ、浅井備前、鯰江の城へ人数を入れ、市原の郷一揆を催し、通路を止むべき行てだて仕り 候。然れども、日野蒲生右兵衛大輔(氏郷の父・蒲生賢秀)、布施藤九郎、香津畑の菅六左衛門馳走(奔走)申し、 千種越えにて御下りなされ候。左候のところ、杉谷善住坊と申す者、佐々木左京大夫承禎に憑たのまれ、千種山中道筋に鉄砲を相構へ、情つれなく、十二、三間隔て、信長公を差し付け、二つ玉にて打ち申し候。されども、天道昭覧にて、 御身に少しづつ打ちかすり、鰐の口を御遁のがれ候て、目出たく五月廿一日濃州岐阜御帰陣。

信長公記にも出てくる有名な場面です。

杉谷善住坊(すぎたに ぜんじゅぼう) とは誰だ?ここでご紹介いたします。

生年不詳 天正元年9月10日(1573年10月5日))は、安土桃山時代の人物。織田信長を火縄銃で狙撃したことで知られる。 鉄砲の名手であったという以外の人物像は不明であり、出身については織田家に滅ぼされた武家、甲賀五十三家の一つである杉谷家の忍者、雑賀衆、根来衆、賞金稼ぎ、猟師ともいわれている。 織田信長を狙った理由も、近江を追われた六角氏からの依頼された、信長への個人的な恨み、鉄砲名人としての腕試しなど諸説あります。

あまり誰か詳しくわかりませんね!

その後は逃亡生活を送るが、暗殺されかけた事に激怒した織田信長の厳命で、徹底した犯人探しが行われました。 その結果、近江高島郡堀川村の阿弥陀寺に隠れていたところを、近江高島郡の領主である磯野員昌に捕縛されます。 織田家へ引き渡された後は、菅屋長頼・祝重正によって尋問された後に、生きたまま首から下を土中に埋められ、竹製のノコギリで時間をかけて首を切断する鋸挽きの刑に処されました。

昔の人は残酷ですね。想像するだけでビビってしまします!!

三重県菰野町 彼岸花が咲いてました。
三重県菰野町 彼岸花が咲いてました。

菰野藩や織田信長の事い思いを馳せながら車で出張買取りをするのも私の楽しみとなっております。

今回は、伊万里焼、漆のお椀、茶道具、掛軸などを鑑定、買取させていただきました。

出張買取サービスの魅力

出張買取はわざわざお越しいただかなくてもお邪魔させて頂きますので、骨董品を運ばなくても良いので便利にご利用いただけます。

出張買取は無料査定で行っておりますのでお安心ください。

経験豊富なプロの査定員が鑑定、買取りの対応させて頂きます。実際に骨董品を売却されたい場合はお問い合わせください。

電話やウェブでご連絡いただきましたら、お客様のお宅に訪問させて頂き、買取り査定額を提示いたします。ご承諾いただきましたらお支払いは現金でお支払い致します。

骨董品にはさまざまな種類があるため、具体的にどのような骨董品があるかおらかじめ教えてください。

例 茶道具、絵画、日本刀、陶芸品など

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。

裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】

愛知県名古屋市中区門前町2-10

電話052(251)5515

営業10:00-18:00

2024年10月12日

加藤唐九郎の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の買取りブログ

お持ちの加藤唐九郎の陶芸作品を、大切にしてくださる次のお客様へ橋渡し致します。高価買取りさせて頂きます。

 

加藤唐九郎は、近代陶芸の重要な人物であり高い人気があります。北岡技芳堂では加藤唐九郎の作品を高く評価して買い取りしています。

 

特に加藤唐九郎を代表する作品は高価買取いたします。

 

加藤唐九郎の評価の高いの陶芸作品

 

茶道具の中でも茶碗を主に作陶し、独特の品格をもつ作品を制作しております。

 

志野焼を中心に瀬戸黒、黄瀬戸、織部、粉引、刷毛目、唐津、伊賀、など、幅広い作陶作品があります。

 

加藤 唐九郎(かとう とうくろう)

 

1897年(明治30年)7月19日(戸籍上は1898年(明治31年)1月17日)〜 1985年(昭和60年)12月24日)は、日本の陶芸家、陶磁史研究家。愛知県東春日井郡水野村(現・瀬戸市水北町)出身。


桃山時代の陶芸の研究と再現に努めたが、1960年に永仁の壺事件で古瀬戸の大規模な贋作を行っていたことが発覚し、批判を受けます。事件後は公職を辞任し、作陶に専念しました。


建築物と陶磁器の組み合わせ陶壁を創出し、陶壁は唐九郎による造語である。


一ム斎、一ム、野陶、ヤト、陶玄、玄などの号も用います。 子息の岡部嶺男(長男)、加藤重高(三男)と孫の加藤高宏も同じく陶芸家です。

 

 

加藤唐九郎 鑑定 買取り 茶碗 査定

 

加藤唐九郎 本人

 

加藤唐九郎の買取でよくある質問

 

Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが品物により、出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。

 

Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.加藤唐九郎の作品は、当店が真贋を拝見させていただき、判断させていただきますので一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像を送ってください。

 

Q.加藤唐九郎の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定をさせていただき買取りさせていただきます。

 

Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが買取り価格は低くなります。

 

Q.加藤唐九郎の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は実際に作品を拝見させていただきます。

 

Q.加藤唐九郎の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。

 

経歴

 

1897年(明治30年)半農半陶で窯業を営む加納桑次郎・みと夫妻の長男・庄九郎として生まれます。幼少時より窯場になじみました。

 

1908年(明治41年)父・桑二郎が製陶業に専念し、瀬戸町乗越(のっこし、現瀬戸市窯神町)に転居する。

 

1911年(明治44年)中根塾に入門し、南画・漢籍を学びます。

 

1914年(大正3年)父の製陶工場の一部の使用権を譲り受け、本格的な作陶生活に入ります。また、この頃より父方の祖母の家系である加藤家に一家が復籍します。(祖父は当初婿養子だったが、その後元の加納姓を名乗っていました。

 

1918年(大正7年) 幼馴染であった5歳年下の妻・きぬと結婚します。「加藤庄九郎」が同業に多いことから「加藤唐九郎」と改名します。(戸籍上の改名は1927年)。この年から本格的な瀬戸系古窯の調査に入ります。

 

1929年(昭和4年)1月、瀬戸古窯調査保存会が発足し、常任理事となります。同年11月、瀬戸市祖母懐町に製作拠点を移し、本格的に志野焼や織部焼に挑戦します。

 

1933年(昭和8年) 宝雲社より出版した著書『黄瀬戸』の中で、瀬戸焼が瀬戸ではなく美濃で古くから焼かれたことを主張し、瀬戸焼の祖とされてきた加藤四郎景正の実在を疑い、少なくとも開祖ではないと結論づけます。これにより、瀬戸市民の反感を買い、自宅が焼き討ちに遭うなど大きな非難を受けました。この件を受けて瀬戸を離れます。

 

1934年(昭和9年)港区青山の私邸に「陶壁」を試行する。

 

 

陶壁 加藤唐九郎 茶碗 鑑定 買取り

 

加藤唐九郎の陶壁

 

1943年(昭和18年) 愛知県西加茂郡に築窯します。

 

1952年(昭和27年) 織部焼の技術で国の「助成の措置を講ずべき無形文化財」に認定されます。しかし、1954年の文化財保護法改正施行で制度自体が廃止されるとともに白紙となり、新設された重要無形文化財(人間国宝)には認定されませんでした。

 

1956年(昭和31年) 中日文化賞。

 

1959年(昭和34年)永仁の壷事件「永仁二年」(1294年)の銘をもつ瓶子が、鎌倉時代の古瀬戸の傑作であるとして国の重要文化財に指定されました。しかしその直後からその瓶子は贋作ではないかという疑惑がもたれていました。この瓶子は結局、2年後に重要文化財の指定を解除されることとなります。重文指定を推薦していた文部技官が引責辞任をするなど、美術史学界、古美術界、文化財保護行政を巻き込むスキャンダルとなりました。永仁の瓶子は実は陶芸家の加藤唐九郎の現代の作であったということで決着したが、事件の真相についてはなお謎の部分が残されていると言われています。

 

永仁の壷事件の壷 加藤唐九郎作といわれている

 

1960年(昭和35年)永仁の壺事件が発生し、重要文化財に指定されていた「瀬戸飴釉永仁銘瓶子」が自らの模作であると表明します。この事件を機に、日本陶磁協会や日本工芸会理事、日本伝統工芸展審査委員などの一切の公職を辞任し、作陶一本の生活に入ります。

 

1961年(昭和36年)漢学者服部担風より「一無斎」の号を贈られます。

 

 

服部担風の書 鑑定 買取り 加藤唐九郎

 

服部担風の書

 

1965年(昭和40年) 毎日芸術賞を受賞します。

 

1976年(昭和51年)財団法人翠松園陶芸記念館設立。

 

加藤唐九郎記念館(翠松園陶芸記念館) 茶碗 鑑定 買取り 査定

 

唐九郎記念館(翠松園陶芸記念館)

 

翠松園陶芸記念館(唐九郎記念館)は愛知県名古屋市守山区にあります。加藤唐九郎という陶芸家の作品が展示されている施設になります。加藤唐九郎の最高傑作といわれている紫匂い・氷柱などが所蔵されており、焼き物に関心のある方には穴場のスポットになります。こちらへは最寄り駅である名鉄瀬戸線の喜多山駅から徒歩で20分、大森金城学院前からはタクシーで3分、JR中央線の新守山駅からはタクシーで10分かかる位置にあります。

 

休館日をあらかじめ調べる事をオススメします。

 

1985年(昭和60年)12月24日、心筋梗塞のため没。享年88。戸籍上は87歳。墓所は守山区大森寺

 

 

加藤唐九郎 志野茶碗 鑑定 買取り 査定

 

加藤唐九郎 絵志野茶碗   残月

 

H9.3×D15.0cm 高台脇に掻き銘「玄」 共箱

 

1984年作 「生誕百年記念 加藤唐九郎展」出品 日本橋髙島屋他/1997年 『加藤唐九郎作品集』掲載 №38(日本経済新聞社)

 

加藤唐九郎は「一にも土、二にも土、三にも土、陶工の生活は土にあけ土にくれる土の生活だ」と桃山陶再現のために土探しにのりだし、志野、織部を中心とした茶陶を目指して“野の陶人” “炎の唐九郎”などと、言わずと知れた名匠である。

 

加藤唐九郎は明治31年1月、自称「瀬戸の水呑み百姓兼貧乏窯屋」に生まれます。幼い頃の遊びはガラガラといわれる陶片拾いで臆面もなく窯場に入り込んで土いじりに慣れ親しんだ。「学校教育は人間を駄目にする」という祖母の考えのもと、学校にはあまり行かず、陶片を集めながら加藤家再興のために陶技を徹底的に仕込まれていきます。窯のなかに組む「エブタ」(棚板のこと)を耐火粘土で造って生計を立てていました。 70年に及ぶ作陶生活を送り、多くの古窯址の発掘調査に明け暮れた加藤唐九郎は、「土を食べて」制作に励みました。

 

製陶技術は優れ、土や釉薬に関する豊富な知識、穴窯・登窯での焼成の研究成果を基に桃山期の黄瀬戸・志野・織部・瀬戸黒を現代に甦らせました。また医者のカルテからヒント得て、カード化して整理されたおびただしい研究メモを『 陶器大辞典 』に生かすなど陶磁器の研究者としてもその名を後世に残しました。

 

 

原色陶器大辞典 加藤唐九郎 淡交社 茶碗 買取り

 

原色陶器大辞典 加藤唐九郎 淡交社

 

日本陶芸界の重鎮として活躍、昭和を代表する陶芸家の一人として知られる加藤唐九郎が精魂を込めてまとめ上げた辞典です。

 

総項目数は約1万にのぼり、技術・史実・鑑賞の各分野にわたって「やきもの」のすべてを収録しています。写真、イラストをふんだんに配し、視覚的にも理解しやすい内容となっています。とても、楽しい本です。 陶芸を志している人だけでなく、器が好きな人、茶道や華道をたしなんでもいる人にもお勧めいたします 。

 

加藤唐九郎の代表するエピソードとして山田風太郎が「この事件の後、重要文化財級の作品を作れる男として加藤の名声はかえって高くなった」と自著で述べているように、批判のみならず高い技量を評価する意見も見られました。

 

岡部嶺男は、父の加藤唐九郎とは不和で、永仁の壺事件を機に決裂し、のちに妻の実家の岡部姓を名乗るようになりました。

 

孫の加藤高宏 1972年名古屋市生まれの陶芸家です。 父は唐九郎の三男で陶芸家 加藤重髙 (1927年~2013年)、 そして叔父に唐九郎の長男で孤高の陶芸家と言われた 岡部嶺男 (1919年~1990年)を持つ、 現代陶芸界のサラブレットです。

 

加藤唐九郎の鑑定:買取りについて

 

加藤唐九郎の作品は、日本の陶芸界で非常に高い評価を受けており、買取市場でも人気が高い作家の一人です。そのため、作品の鑑定や買取については、特別に高額買取りが期待できます。

 

当店では、鑑定や買取りについて詳しく説明させて頂きます。長年見てきた評価判断がありますので、納得のいく査定を提供する事が出来ます。

 

加藤唐九郎の作品は、陶芸技法や焼成の微妙な違いにより、1点1点が個性的で、同じ種類の器でも価値に大きな差が出ることがあります。

 

加藤唐九郎の作風や技術の見極め

 

加藤唐九郎は、志野焼、黄瀬戸、織部焼、瀬戸黒の復興に尽力し、彼自身の独自の芸術に到達しました。

 

彼の作品の制作した時期、焼き上がり加減、釉薬の使い方や出方、轆轤の形状や模様などを詳しく鑑定することが価値を決定するポイントとなります。

 

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。
 
 
美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。
 
 
どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。
 
 
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