2026年11月6日

白髪一雄とは?「フット・ペインティング」で世界を驚かせた前衛画家の魅力と作品価値 〜名古屋・北岡技芳堂の骨董品買取ブログ〜

天井から吊るしたロープにつかまり、床に置いたキャンバスの上を素足で滑りながら絵を描く――。そんな前代未聞の方法で、戦後日本の美術史に大きな足跡を残した画家が白髪一雄(1924〜2008年)です。

一見すると、絵具が激しく飛び交う豪快な抽象画。しかし、その背景には日本画から出発した確かな絵画経験、戦後の前衛美術運動、身体と物質との格闘、さらには後年の仏教思想との出会いまで、白髪が生涯をかけて追求したさまざまな要素が込められています。

本稿では、骨董品・美術品の鑑定に携わる立場から、白髪一雄の経歴、作品の特徴や代表作、そして現在の美術市場における価値についてわかりやすく解説いたします。作品を所有している方、現代美術に興味をお持ちの方にお読みいただければ幸いです。

(北岡技芳堂代表・鑑定人 北岡淳)

 

白髪一雄 本人

白髪一雄 本人

 

 

■白髪一雄の経歴|日本画から「具体」を代表する前衛画家へ

 

白髪一雄は1924年、兵庫県尼崎市西本町に、呉服商を営む家の長男として生まれました。幼い頃から絵を描くことが好きで、父親が趣味で描いていた洋画にも親しんでいたといいます。

兵庫県立尼崎中学校時代に絵画部へ入り、本格的に画家を志すようになります。1942年には京都市立絵画専門学校、現在の京都市立芸術大学に進学。当時の同校で日本画を学びました。戦争による中断などを経て1948年に卒業すると、それまで学んできた日本画から洋画へ転向し、油彩による人物画や風景画を制作するようになります。

1950年頃から新制作派協会の展覧会へ出品し、1952年には金山明、村上三郎らとともに「0会(ゼロ会)」を結成。その後、田中敦子も加わり、従来の具象絵画から離れて独自の抽象表現を模索するようになります。

1953年頃、失敗した作品の絵具をペインティングナイフで削り落とした際、偶然生まれた模様に興味を抱いた白髪は、ナイフやヘラを使った抽象画を制作するようになります。その後、さらに自由な表現を求めて指や手のひらを使うようになり、1954年には足で描く「フット・ペインティング」を考案しました。

翌1955年、吉原治良が率いる「具体美術協会」に参加。「ひとの真似をするな、今までに無いものをつくれ」という吉原の思想のもと、既存の美術の枠を越える活動を展開していきます。

同年に開催された第1回具体美術展では、泥の中に半裸で入り、自らの身体全体で格闘する「泥に挑む」を発表。絵画や彫刻の枠にとらわれないこの試みは、のちのパフォーマンス・アートにも通じる先駆的な表現として評価されています。

1950年代後半になると、具体の活動はフランスの美術批評家ミシェル・タピエらを通じて海外にも知られるようになります。白髪も1958年にはタピエと作品をヨーロッパへ送る契約を結び、1962年にはパリのスタドラー画廊などで個展を開催。その作品は早くからヨーロッパへ紹介されました。1959年にはイタリアの「プレミオ・リソーネ国際展」で買上賞を受賞するなど、国際的な活動を広げていきます。

一方、1960年代末からは密教への関心を深め、1971年に比叡山延暦寺で得度して天台宗の僧侶となり、「素道」の法名を受けました。1972年には吉原治良の死去に伴って具体美術協会が解散。1974年には比叡山で35日間にわたる「四度加行」を満行するなど、本格的に仏教修行にも向き合います。

その後も制作活動を続け、1978年頃から再びフット・ペインティングを制作の中心に据えます。1987年に兵庫県文化賞、1999年には地域文化功労者表彰、2002年には大阪芸術賞を受賞。2008年、83歳で故郷の尼崎市にて亡くなりました。

 

無題 1959年 油彩 カンヴァス 182.0×272.8cm 豊田市美術館蔵

無題 1959年 油彩 カンヴァス 182.0×272.8cm 豊田市美術館蔵

 

 

 

■白髪一雄の作品の特徴|「描く」行為そのものを作品にした画家

 

白髪一雄の作品を理解するうえで最も重要なのは、完成した画面だけでなく、「どのように描いたのか」に注目することです。身体の動き、絵具の質感、制作時の偶然性までが一体となって作品を形づくっています。

 

◎ロープにつかまり足で描く「フット・ペインティング」

白髪一雄の代名詞といえるのが「フット・ペインティング」です。床にキャンバスを置き、その上にチューブなどから大量の油絵具を出す。そして天井から吊るしたロープにつかまり、素足で絵具を蹴り、押し、引きずりながら画面をつくっていきます。一般的な絵画制作のようにイーゼルの前に立って筆を動かすのではなく、画家自身がキャンバスの上へ入り込み、全身を使って制作するのです。画面に残されているのは、単なる「足跡」ではありません。足が絵具を押し出した跡、急激に方向を変えた跡、絵具が盛り上がった部分、キャンバスの地が露出した部分など、一つ一つが白髪の身体の動きを記録しています。そのため白髪作品では、完成した抽象画を眺めているというより、制作時の激しい動きが画面の中にそのまま封じ込められているような感覚があります。

 

◎大量の絵具が生み出す、激しい動きとマチエール

白髪作品のもう一つの魅力が、油絵具の厚みと物質感です。赤、黒、黄、青などの強い色彩が画面上で激しく交差し、絵具そのものが盛り上がったり、混ざり合ったりしています。筆で丁寧に塗り込めた絵とは異なり、絵具が物質としてそこに存在していることが強く感じられます。これは具体美術協会が重視した「物質」との関係にも通じています。具体の作家たちは、絵具や紙、泥、水、光といった素材を人間の意図だけで完全に支配するのではなく、その素材自体が持つ性質を引き出そうとしました。白髪の場合、それを自らの身体と油絵具との直接的なぶつかり合いによって実践したのです。画面の前に立つと、足の動きだけでなく、絵具の重さや粘り、滑りや抵抗まで想像できる。ここに、写真や印刷物だけではわかりにくい白髪作品ならではの迫力があります。

 

◎「泥に挑む」に象徴される、絵画の枠を越えた表現

白髪一雄はキャンバス作品だけでなく、身体そのものを使った実験的な作品にも取り組みました。その代表が1955年の「泥に挑む」です。泥とセメントなどを混ぜた塊へ身体ごと入り、全身で押し、掻き、格闘する。それは絵画とも彫刻とも言い切れない作品でした。しかし白髪にとっては、こうした行為もフット・ペインティングと切り離されたものではなく、「身体と素材が直接出会う」という同じ問題意識から生まれた表現でした。現在から見るとパフォーマンス・アートを思わせますが、1955年という時代を考えれば非常に先鋭的な試みだったことがわかります。白髪が単なる「変わった描き方をした画家」ではなく、戦後美術そのものの可能性を押し広げた作家と評価される理由の一つです。

 

 

白髪一雄 水滸伝豪傑シリーズ 1960年作

白髪一雄 水滸伝豪傑シリーズ 1960年作

 

 

◎「水滸伝」の豪傑たちに由来する作品群

白髪作品を語るうえで欠かせないのが、中国の古典小説「水滸伝」に登場する豪傑たちの名を付けた作品群です。白髪は1950年代末から1960年代にかけ、「天雄星豹子頭」「地捷星花項虎」「天暴星両頭蛇」「天慧星拚命三郎」「天魁星呼保義」など、「水滸伝」の登場人物に由来する題名を作品へ与えました。国内の国立美術館にも、こうした作品が複数収蔵されています。絵の中に小説の人物が描かれているわけではありません。むしろ、荒々しく躍動する英雄たちのイメージと、白髪の身体を使った激しい制作行為が重ね合わされていると考えるとわかりやすいでしょう。なかでも1960年の「天退星挿翅虎(Tentaisei Soushiko)」は、この時期を代表する大作の一つです。約182×273センチという大型作品で、白髪の「水滸伝」シリーズを象徴する作品として国際市場でも高い評価を受けています。

 

◎仏教との出会いで深まった精神性

1971年に天台宗の僧侶となったことは、白髪の後半生を考えるうえで重要な出来事です。得度後には、制作前に不動明王へ祈り、般若心経や真言を唱えてから制作するようになったとされています。また、仏教に由来する題名を持つ作品や、スキージと呼ばれる長いヘラを使った円相のような作品も制作しました。ただし、仏門に入ったことで白髪がまったく別の画家になったわけではありません。若い頃から追求してきた身体と物質を直接ぶつけ合う表現への探究は、その後も続いています。激しい身体性と精神的な集中。この一見相反する二つが共存していることも、白髪一雄作品の奥深さといえるでしょう。

 

フットペインティングで制作する白髪一雄

フットペインティングで制作する白髪一雄

 

 

 

■白髪一雄の作品価値|世界市場で評価される戦後日本美術の重要作家

 

白髪一雄は現在、日本の戦後美術を代表する作家の一人として、国際的な美術市場でも非常に高い評価を受けています。背景にあるのが「具体美術協会」そのものへの再評価です。具体は日本国内だけの前衛運動ではなく、欧米で展開したアンフォルメルやアクション・ペインティングなどと同時代に、独自の実験を行った美術運動として研究されるようになりました。2013年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で大規模展「Gutai: Splendid Playground」が開催されるなど、国際的な美術史のなかで存在感を高めています。

その中心作家だった白髪の作品も、欧米やアジアの主要オークションで高額取引されています。たとえば1959年制作の「Takao」は2018年のサザビーズ・パリで約873万ユーロ(約15億5,000万円)で落札されました。また1960年の「Tentaisei Soushiko」は2019年に約780万ユーロ(約13億8,000万円)で落札されています。

近年も市場での評価は続いており、2026年4月には1989年制作の大作「Konkai」が、サザビーズ・パリで128万ユーロ(約2億3,000万円)で落札されています。1950〜60年代の作品だけでなく、1980年代の作品にも高い評価が与えられていることがわかります。

もちろん、白髪一雄の作品であればすべて同じような価格になるわけではありません。査定では、制作年代、サイズ、支持体や技法、作品の完成度、題名、来歴、展覧会歴、文献への掲載、保存状態などを総合的に確認します。

とりわけ1950年代後半から1960年代の作品は、フット・ペインティングの確立と具体美術協会の活動が重なる重要な時期です。「水滸伝」に由来する作品など、白髪の画業を代表するシリーズに属する作品は国際市場でも注目されやすい傾向があります。

また、白髪の作品には大型の油彩だけでなく、紙作品、素描、版画などさまざまなものがあります。同じ白髪一雄作品でも、油彩による一点物と版画では評価の基準も価格帯も異なります。

さらに重要なのが来歴です。過去の展覧会への出品歴、画集や展覧会図録への掲載、画廊や旧蔵者の記録などが残されていれば、作品の評価を裏付ける重要な資料となります。作品裏面に残された署名、題名、制作年、ラベルなども査定時には欠かせない情報です。

 

 

■白髪一雄の作品についてよくある質問

 

◎白髪一雄はどの年代の作品が高く評価されますか?

一般的には、フット・ペインティングを確立し、具体美術協会の中心作家として活動した1950年代後半から1960年代の作品が特に注目されています。ただし、1970年代以降の仏教思想と結びついた作品や、晩年の大作にも評価の高いものがあります。年代だけで判断するのではなく、作品ごとの内容を確認する必要があります。

 

◎白髪一雄の作品かどうかわからない場合、何を確認すればよいですか?

まず、作品の表裏、額裏、箱などに署名、題名、制作年、画廊や展覧会のラベルがないか確認してください。購入時の領収書、展覧会図録、鑑定や作品証明に関する資料などが残っていれば、それらも処分せず一緒に保管することをおすすめします。ただし、署名があるだけで白髪本人の作品だと判断することはできません。作品そのものと資料をあわせ、専門的に確認することが大切です。

 

◎査定前に作品をきれいにした方がよいですか?

ご自身でクリーニングや補修を行うことはおすすめできません。特に白髪作品は厚く盛られた絵具そのものが作品表現の重要な部分です。表面を拭いたり、剥離した絵具を接着したりすると、作品を傷める可能性があります。汚れや傷みが気になる場合も、まず現在の状態のまま専門家へ相談してください。

 

 

 

 

フットペインティングで制作する白髪一雄2

フットペインティングで制作する白髪一雄2

 

 

■白髪一雄の査定・買取は北岡技芳堂へ

かつて日本の前衛美術として生まれた白髪一雄の作品は、今や世界各国の美術館やコレクターから注目される存在となりました。特に近年は、戦後日本美術への国際的な関心が高まり、白髪作品の市場評価も大きく変化しています。数十年前に国内の画廊などで購入された作品が、現在では思いがけない価値を持っている可能性もあります。

こうした白髪作品を査定するうえで欠かせないのが、国内外の美術市場を踏まえた評価です。特にフット・ペインティングの初期作品や「水滸伝」に由来する作品群は海外でも人気が高く、制作年代や作品の大きさ、来歴などによって評価が大きく異なります。また、絵具を厚く塗り重ねた独特の表現は、作品の状態を確認する際にも専門的な知識が求められます。

北岡技芳堂では、こうした白髪一雄の作品について、国内外の取引動向や個々の作品が持つ美術史的な位置づけを踏まえながら、適正な査定・買取を行っています。

ご自宅に長年飾られてきた作品、先代から受け継いだ作品、コレクションの整理をお考えの作品などがございましたら、ぜひ一度ご相談ください。白髪一雄が生涯をかけて追求した独創的な表現と、その作品が現在持つ価値を丁寧に見極め、次の世代へ受け継ぐお手伝いができれば幸いです。

 

 

◎鑑定人プロフィール

北岡淳(北岡技芳堂代表)

初代である祖父は掛け軸の表具師を生業としていたため、幼い頃から美術品や骨董品に親しむ。その後京都での修行を経て、3代目として北岡技芳堂を継承。2006年に名古屋大須にギャラリーを構え、幅広い骨董品や美術品を取り扱いながらその鑑定眼を磨いてきた。

 

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

 

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

 

どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。

 

裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

 

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

 

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。

 

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

 

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