2026年1月6日

日本漆器の原点「根来(ねごろ)」の歴史と魅力を解説 〜北岡技芳堂の骨董品買取りブログ〜

今回は、昨年から東京のサントリー美術館で開催されている「NEGORO 根来 赤と黒のうるし」展のレポートです。日本文化と切っても切り離せない存在である「漆器」。その中でも根来(ねごろ)と呼ばれる漆器は「漆器の祖先」と呼ばれ、古今のコレクターの心を掴んでやみません。本記事では根来の歴史や特徴、展覧会の見どころを通して、日本漆器の原点ともいえる根来の魅力を詳しくご紹介します。会期が迫っていますので、ご興味のある方はお早めにどうぞ。

 

■豊臣秀吉に滅ぼされた技法が400年ぶりに復活|根来塗の歴史

根来の漆器は鎌倉時代に生まれました。高野山(和歌山県伊都郡高野町)での対立を受け、1140年ごろに覚鑁(かくばん)上人という真言宗の僧侶が紀伊国根来寺(現在の和歌山県岩出市)を開創します。この根来寺で僧侶たちがつくりはじめた漆器が、根来の起源とされています。彼らは後に「根来衆」という戦闘集団として歴史に名を残すことになるのですが、もともと鉄や木、漆を自在に加工する技術者集団でもあったのです。根来の製造には一般の漆器にはない独自の工法が用いられ、時を重ねるうちにその技術は発展していきました。

やがて戦国時代に入り1585年、反目していた豊臣秀吉に攻め込まれ、根来寺は焼失。僧侶たちは全国各地に散らばり、根来の伝統的な技法は失われました。この時流出した技術が、地元和歌山県の紀州漆器や石川県の輪島塗に受け継がれたといわれています。

そして迎えた江戸時代、工芸に詳しい知識人たちが根来をブランド品として珍重するようになり、茶の湯などにも用いられるようになります。江戸後期に入っても京の漆芸家・佐野長寛が根来を愛蔵するなどその人気は衰えず、明治期以降も日本画家の橋本関雪や安田靫彦、民芸運動を指導した柳宗悦らも根来の美に注目したことにより、その名は確固たる地位を築きます。

一度は途絶えた漆器づくりでしたが、近代から戦後にかけて岩出市の地元産業として復活します。高度成長期には樹脂成形やスクリーン印刷による蒔絵などを導入し、昭和50年代に最盛期を迎えました。しかし、その後は安価な中国製品に押される形で徐々に衰退。県は漆器の研究機関を設けるなどして、戦国時代に失われた技術を再現する試みに取り組みます。そして2000年、400年以上途絶えていた中世当時の技法を塗師である池ノ上辰山氏が現代に蘇らせ、2019年に文化庁長官表彰を受賞。新たな価値をもつ作品を生み出すとともに、技術の伝承および人材の育成に心血を注いでいます。

 

根来塗の湯桶

根来塗の湯桶

 

■頑丈で使いやすく、使い込むほど美しい|根来塗の特徴

鎌倉時代に誕生してからおよそ900年。長い歴史を持ち、輪島塗など日本を代表する漆器の源流となったことから「漆器の祖先」とも言われる根来は、堅牢な下地と黒漆の中塗、鮮やかな朱漆の上塗りで知られています。主に食事用の什器としてつくられ、内戦が続く激動の時代に誕生した背景から、使いやすさ、持ち運びやすさ、頑丈さを追求したつくりが特徴です。そのため扱いの難しい漆器が多い中で、根来は特別な気遣いを必要とせず、日常の器として気兼ねなく使えます。例えば、一般的な漆器は沸騰したばかりの熱湯を注ぐと変色やひび割れを起こしてしまいますが、根来はびくともしません。そのため食器洗い乾燥機でも洗うことができますし、うっかり落とした程度で欠けるようなこともありません。それどころか経年変化で表面の朱漆が剥がれ、下地の黒漆が文様のように浮かび上がる様子の美しさから「用の美」を体現した器ともいわれています。

派手な装飾のないシンプルな見た目ですが、その製作工程は非常に複雑です。ケヤキ、ヒノキ、コクタンなどの木材を椀や酒器などの形に削り、まずは木地に下地となる生漆を塗り込みます。その後、砥の粉と生漆を混ぜた錆(さび)をヘラ付けすることで、下地の堅牢さを高めるとともに、器の角や縁などの欠けやすい部分は麻布を貼ることで補強し、布目を錆で埋めて滑らかに仕上げます。19工程に及ぶこの入念な下地づくりこそが、厳しい環境下での実用に耐える根来の強さを支えているのです。

下地が終わるとようやく黒漆の下塗りに入ります。表面の乾燥を待ってから研ぎと塗りを繰り返し、最後に朱色の漆を上塗りしてようやく完成です。一般的な漆器では着手から完成まで1か月程度で済むところ、根来では3か月以上の時間をかけてつくり込んでいきます。特に下地となる漆の層が厚く、一般的な漆器の2〜3倍の厚さに及ぶそうです。

根来寺の焼き討ちから現在に至るまでの間に全国でつくられるようになっており、それぞれの地名をつけた京根来、奈良根来、吉野根来、薩摩根来、堺根来や、朱漆を塗らない黒根来、黒漆の上に青色の漆を塗った青根来など、多種多様な根来を楽しむことができます。

 

 

 

根来瓶子 室町時代

根来瓶子 室町時代

 

 

■展覧会の見どころ

盛況のうちに閉会した大阪での前期展示を経て、現在は東京で開催されている後期展示。根来寺でつくられた漆器を起点に、寺院・神社の道具として生まれた器が、時間を経て人々の暮らしへと浸透していく過程を、選び抜かれた作品群とともに辿る展示内容です。また、根来産以外にも東大寺、興福寺、西大寺、法隆寺の品など名だたる奈良の古社寺でつくられた作品たちも展示されており、そのほか東京国立博物館所蔵の陶磁器の天目形を模した根来椀(1391年)や、南北朝時代・明徳元年(1390年)に足利義満らが奉納した熊野速玉大社古神宝類の唐櫃、愛知県一宮市の真清田神社に伝わる室町時代・長禄元年(1457年)の神饌具一式など、数々の重要文化財が出展。最後の「根来回帰と新境地」コーナーでは白洲正子や黒澤明らの文化人が根来を愛したエピソードや、近現代の愛好者の愛蔵品も取り上げられており、普遍的な用の美の魅力を再認識することができます。寺院の道具として生まれ、人々の暮らしへと溶け込み、そして再び美術として見つめ直される――根来という漆器の歩みを、実物を通して体感できる展示構成です。

 

 

「NEGORO 根来 — 赤と黒のうるし」

会期:2025年11月22日(土)~2026年1月12日(月・祝)

会場:サントリー美術館(東京都港区赤坂)

時間:10:00~18:00(金曜日は10:00~20:00)

休館日:火曜日

※1月10日(土)は20時まで開館

※いずれも入館は閉館の30分前まで

 

 

◎鑑定人プロフィール

北岡淳(北岡技芳堂 代表)

初代である祖父が掛け軸の表具師を生業としており、幼い頃から美術品や骨董品に親しむ。その後京都での修行を経て、3代目として北岡技芳堂を継承。2006年に名古屋大須にギャラリーを構え、幅広い骨董品や美術品を取り扱いながらその鑑定眼を磨いてきた。

 

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

 

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

 

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裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

 

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

 

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。

 

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

 

骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】

 

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電話052(251)5515

 

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