2025年12月16日

お正月が終わったら、ゴッホ展に出かけてみませんか 〜北岡技芳堂の骨董品買取りブログ〜

2026年、愛知県はゴッホで幕を開けます。1月3日から愛知県美術館で開催される「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」はすでにSNS上で話題になっていて、「絶対に行きたい」「家族で予習してから行く」などのコメントが寄せられています。日本文化とのつながりが強いことで知られるゴッホではありますが、なぜここまで人気を集めているのかその理由を探るとともに、これまでに大阪、東京と巡回してきた今回の展覧会の見どころをご紹介します。

 

ゴッホ 自画像

ゴッホ 自画像

 

■ゴッホと日本の接点

フィンセント・ファン・ゴッホ(1853〜1890年)はオランダ生まれの画家で、日本との縁が深いことで知られています。もともと彼は貧しい農民の生活を描いた「ジャガイモを食べる人々」(1885年)など、どちらかといえば暗い色調の絵を描いていましたが、ジャポニズムブームに沸くフランス・パリで浮世絵に出会ったあたりから画風が一変。当時、ちょうどモネら印象派の画家たちが世間を賑わしていた時代だったこともあり、「浮世絵のように明るい絵を描きたい」と方向転換を図りました。1888年に南フランスのアルルという町に移ったのも、明るい日差しに照らされたモチーフを求めてのことだったといいます。

画家になるためにオランダからパリに出てきたゴッホでしたが、まったく絵が売れず、画商である弟のテオドルス・ファン・ゴッホ(テオ)から金銭的な支援を受け生活していました。そんな貧しい暮らしの中でも浮世絵を買い漁っては自宅の壁に飾っていたほどですから、その入れ込みようは半端ではなかったはずです。いつしか日本画のコレクションは膨大な数になり、自らのコレクションで「浮世絵展」を開催したり、生活に困ればその都度売ってしのいだり、まさに浮世絵漬けといえる日々を送っていました。

当然のことながら、当時の作品を見れば日本文化から影響を受けていることを容易に察することができます。「ひまわり」などの代表作に見られる鮮やかな色使い、太い輪郭線などは浮世絵の影響下にあることを本人も認めていますし、「坊主としての自画像」(1888年)は日本の僧侶を真似て自らの頭髪を短く刈り込んだ姿を描いたもの、「タンギー爺さん」(1887年)の背景には浮世絵そのものが何枚も飾られているなど、技法以外の部分でもあちこちに日本を発見できます。

先ほど少し触れた南仏アルルへの移住ですが、これは画家仲間を集めて集団生活するための転居でした。アルルへの引っ越しにあたり、テオに無心して購入した一戸建ての家(黄色い家)は、皆で暮らすための拠点だったのです。なぜゴッホは、画家を集めて暮らそうとしたのか。それは彼が憧れる日本では、画家たちが集団生活により支え合いながら生活しているという誤った情報を得たからだとの説があります。忍者や侍など、海外で日本文化が誤解されて伝わることってありますよね。南仏にわたる前のパリでは日本に関する書物が大量に出版されており、それらを読み漁ったゴッホがアメリカにおけるニンジャのように日本の文化を誤解していたのではないかといわれています。

何はともあれ、日本の文化や芸術がゴッホに与えた影響は計り知れず、「ゴッホと日本」をテーマにした企画展が毎年世界のどこかで開催されるほど、両者は切っても切り離せない関係となっているのです。

 

フィンセント・ファン・ゴッホ 「雨の中の橋(広重の模写)」1887年 ゴッホ美術館所蔵

フィンセント・ファン・ゴッホ 「雨の中の橋(広重の模写)」1887年 ゴッホ美術館所蔵

 

■日本でなぜこんなにも人気なのか

世界的に人気の高いゴッホですが、特に日本での人気は「濃い」といわれます。その理由の一つとして、先ほども少し触れた浮世絵(日本画)との共通点の多さがあります。例えば、ルネサンス期以降の洋画家たちは、透視図法などの技法を駆使してリアルで奥行きのある空間を表現してきました。それに対し、浮世絵をはじめとした日本画は写実性よりもモチーフの特徴を捉えたデフォルメ表現を得意としており、奥行きのない平坦な画面にくっきり輪郭線で囲まれた対象物を配します。ゴッホはこの日本画的な手法を取り入れ、独自のダイナミックな画面を生み出しました。

また、鮮やかな色使いも浮世絵との共通点です。ゴッホは何枚もの浮世絵を模写しましたが、例えば歌川広重の「江戸名所百景 亀戸梅屋舗」を見てみると、空がピンク→白→水色のグラデーションになっています。こうした色使いは浮世絵では当たり前ではあるものの、西洋の伝統的な宗教画や肖像画で見られることはまずありませんよね。ゴッホが浮世絵にハマった時期に制作された「種蒔く人」(1888)では空は黄色く麦畑は青く塗られており、浮世絵からの影響を強く感じさせます。こうした自由でビビッドな色彩感覚も、日本人に親しみのある表現だったといえるでしょう。

ゴッホの絵は構図も非常に特徴的です。庶民向けの商業美術だった浮世絵は、美人画も名所画も大胆でシンプルな画面構成になっています。最も強調したいモチーフを残し、余分な要素はバッサリ削ぎ落とす。そうすることで、主題の印象がより残りやすくなるのです。広重の風景画もメインの花菖蒲や桜の木が大きくクローズアップされていて、画面の多くを余白が占めています。ゴッホ晩年の「草地の木の幹」(1890年)もこれと同じように、手前に大きく木の幹が描かれ、周囲は低い草花で埋め尽くされています。普通であれば、広がる空や丘に続く草原などをパノラマで描くものですが、こうした主役を際立たせる手法も、日本人は感覚的に理解できたのではないでしょうか。

作品に宿るこうした美意識への共感に加え、生前まったく絵が売れずに苦労したこと、どんな状況でも兄を支え続けた弟の献身、貧しくとも芸術にひた向きに向き合うストイックさ、真っ直ぐな性格ゆえに他者と衝突してしまう不器用さ・・・これらのドラマ性が重なって、特に日本での人気が濃いとされています。確かにドラマチックですから、何度も映画の題材として取り上げられているのも頷けますよね。

 

■企画展の見どころ

2025年の日本は「ゴッホ・イヤー」ともいわれ、「大ゴッホ展」や「ゴッホ・インパクト―生成する情熱」など、大規模な展示会が相次いで行われました。2026年の年明けから始まるこの「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」も、すでに2025年の7月から8月まで大阪、9月から12月まで東京で開催されていた巡回展が愛知にやってくる形です。

この企画展は弟のテオからテオの妻、テオの息子へと、ゴッホの家族が受け継いだ作品を中心に、手紙や関連作品、浮世絵版画のコレクションなどを展示しています。30点あまりの油彩画、日本初公開のものも含む数々の手紙、500点を超える浮世絵、交流があった前衛芸術家の作品などを通じて、初期から晩年に至るまでの画風の変化と進化、ゴッホに影響を与えた作品や作家、弟テオとの関係性などを追うことができます。そのほかにも会場では映像が多く使われており、わかりやすく一連のストーリーを理解することができるとのこと。先ほどご紹介した「種蒔く人」などの代表作も見られますので、ゴッホに興味がある人なら楽しめるはず。アクセス便利な会場で3月まで開催されていますので、休日に親しい人と出かけてみてはいかがでしょうか。

 

 

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」

会期:2026年1月3日(土)~3月23日(月)

会場:愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)

時間:10:00〜18:00、金曜日は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)

休館日:1月5日、19日、2月2日、16日、3月2日、16日

 

 

◎鑑定人プロフィール

北岡淳(北岡技芳堂 代表)

初代である祖父が掛け軸の表具師を生業としており、幼い頃から美術品や骨董品に親しむ。その後京都での修行を経て、3代目として北岡技芳堂を継承。2006年に名古屋大須にギャラリーを構え、幅広い骨董品や美術品を取り扱いながらその鑑定眼を磨いてきた

 

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