2025年10月16日
お笑い芸人がアートの世界に飛び込む理由 〜北岡技芳堂の骨董品買取りブログ〜
かつて衝撃的なイラストでお茶の間の爆笑を誘った、ダウンタウンの浜田雅功。上手い下手を超越したその唯一無二のタッチから「浜田画伯」といじられた彼が、なんと今年10月に東京で個展を開催することになり話題を集めています。日本のお笑い芸人の中には、浜田以外にもアートと関係する人物がなぜか多く存在します。そこで今回はそうしたアート芸人の紹介と、「お笑いとアート」の接点について探ってみようと思います。
ダウンタウン・浜田雅功、初のアート挑戦浜田雅功展 「空を横切る飛行雲」2025年10月19日(日)~12月21日(日) 麻布台ヒルズ ギャラリーにて開催決定!
■ジミー大西/岡本太郎の激励を受け一念発起
ジミー大西は1964年、大阪府八尾市出身。本名を大西秀明といい、吉本の劇場でアルバイトをしていた時代に明石家さんまに見出されました。天然ボケのキャラクターで知られ、明石家さんまの運転手を務めていたとき、さんまが「今日はやけに道が混むな」と思ったら前の車が路上駐車だった、なんておとぼけエピソードには事欠きません。その後「やってるやってる」などのギャグでお茶の間の人気者になってからの活躍ぶりは、皆さんご存知の通り。
そんなジミー大西ですが、さんま宅でまだ幼いIMALUと絵を描いて遊んでいた際に「お前変わった絵を描くな。番組用に描いてみろ」と声をかけられ、物は試しと一枚の絵を仕上げます。これがテレビのオークション番組で33万円の値がつき本人もさんまもびっくり。さらに番組を見た岡本太郎から「キャンパスからはみ出せ」という直筆の手紙が届き、そのメッセージに感激したジミー大西は画家への転身を図ります。1996年には一時テレビ・芸能の世界から離れ、絵画制作に専念。憧れのピカソが生まれたスペインやアフリカ各地を巡るなど、見聞を広げながら自らの画風を模索します。2015年から5年間にわたる休筆を挟み、再び絵を描き始めたジミー大西。いわゆるナイーブアート・素朴派と呼ばれるジミー大西の作品は、大胆かつ鮮烈な色彩と素朴で親しみのあるモチーフが特徴です。1990年の初期作品は数が少なく、特に高額で取引されています。2020年の活動再開以降は若い世代のファンも増え、「画家のジミー大西」というイメージが定着しつつあります。
画業30年を記念した作品展で披露する新作「幸せ―URAWA―」を手にするジミー大西さん=19日午後、東京都新宿区(兼松康撮影)産経新聞 2022/8/1 17:24
■ビートたけし/お笑い芸人、映画監督、現代アート作家
本名は北野武。1947年、東京の下町・足立区に生まれます。1980年代、ツービートというお笑いコンビで一世を風靡したことは、昭和世代の方なら皆ご存知のはず。「気をつけよう、ブスが痴漢を待っている」「寝る前にちゃんと絞めよう親の首」「赤信号みんなで渡れば怖くない」などの毒舌をベースにした破壊的なお笑いセンスは当時批判を集めましたが、それ以上の支持を集めたことで漫才ブームの中心的存在として人気を集めます。1989年には映画監督デビュー。1993年の「ソナチネ」がカンヌ映画祭で高い評価を受け、1997年の「NHANA-BI」でヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞するなど、映画の世界でも人並外れた才能を発揮します。
そして人気絶頂の1994年、たけしはバイク事故を起こします。酩酊状態でヘルメットを被らずに電柱に衝突したことで頭部に大怪我を負い、一時は生死の境を彷徨いました。幸いなことに一命は取り留めたものの後遺症が残ったため、退院後リハビリに取り組むことに。そのリハビリの一環として絵を描き始めたのをきっかけに、たけしは画業にも真剣に取り組むことになります。「おいらはデッサン力がゼロだから、はなから上手く描くつもりはない」と断言するように、専門教育からの影響を一切受けていない自由奔放な表現が特徴。モチーフも奇妙な動物やプロレスラー、浮世絵のパロディなどなんでもありの世界で、思わず笑ってしまうようなユーモラスなものも多くあります。使用する画材や技法も多種多様。最もよく知られるのは版画作品ですが、立体造形やインスタレーションなどの作品も多数あり、彼が手がける作品は型にはまらず「これ」といった様式がありません。国内だけでなく、海外でも個展を開くなど活躍していて、フランスでは現代アート作家として扱われることもあるそうです。
髑髏写楽 dokuro syaraku 北野武(写国斉多気志)
木版画 サイン あり EDITION 50部限定 制作年 年 サイズ 39x 27.5 cm
■アートとお笑いを結ぶもの
最近では野生爆弾のくっきーも画家として活躍しており、ニューヨークで個展を開催するなど話題になりました。そのほかにも木梨憲武、片岡鶴太郎、キングコング西野亮廣なども有名ですね。意外なところでは、とろサーモンの久保田かずのぶが個展を開くなどの活躍を見せています。さらに現在は「アート芸人」なる枠があり、たいぞうやピストジャム、ひとみといった存在も知られるようになってきました。
彼らに共通しているのは、独特な世界観を持ち、発想の源が専業のアーティストとは大きく異なること。例えば、彼らの本業である漫才やコントには、時間的な制約があります。ネタそのものの面白さはもちろん重要ですが、ネタを演じる際、いかに流れをつくり観客の心を掴むか。そこには時間を巧妙に操る技術、つまり絶妙な「間」を用いた観客との駆け引きが存在します。客の反応を見ながらタイミングをずらしたり、しつこく繰り返したり、大袈裟に誇張したり。こうしたテクニックによって、同じネタでも面白くもつまらなくもなるのです。落語も同じですよね。
とんねるず・木梨憲武
ただ、これは裏を返せば、いくら優れたネタでも間の使い方を間違えれば受けないということ。その点、アートにはこうした時間的制約がないため、自分のペースで思いのままに制作できます。お笑いで培ったずらしや反復、誇張などのテクニックを色や形、素材に置き換えれば、観客を思うままに爆笑に導くあの感覚を作品という形に残せるのです。お笑いを経験した者でなければ持ち得ないその独特なリズムやユーモア、社会風刺が見る人の心を動かすのではないでしょうか。何にせよ、お笑いでは実現できない何かを、彼らがアート制作に見出したことは間違いなさそうです。
作品から浮かび上がる新たな一面が、その人の芸に深みを与えるという相乗効果もあって、非常に人気が高い彼らの作品。しかし、それらが市場に出回ることはあまりなく、関連アイテムを集めるファンやコレクターからは垂涎の品です。ものによっては非常に高額になりますので、処分などをお考えの方はぜひ当ギャラリーにご相談ください。しっかりと価値を査定させていただき、高値で買受いたします。
片岡鶴太郎
■有名タレントの作品もそれ以外も 骨董・アートの高価買取は北岡技芳堂へ
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記事監修:北岡淳(北岡技芳堂 代表)
初代である祖父が掛け軸の表具師を生業としており、幼い頃から美術品や骨董品に親しむ。その後京都での修行を経て、3代目として北岡技芳堂を継承。2006年に名古屋大須にギャラリーを構え、幅広い骨董品や美術品を取り扱いながらその鑑定眼を磨いてきた。
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まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。
骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】
愛知県名古屋市中区門前町2-10
電話052(251)5515
営業10:00-18:00
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