2025年9月11日
草間彌生の水玉模様は、ただの装飾ではない
世界の現代アートを代表する一人が、日本の草間彌生(1929〜)です。10代の頃から創作活動をはじめた彼女でしたが、国内でも海外でもなかなか受け入れられず、1990年代に入ってようやく本格的に評価されはじめます。現在96歳の彼女が、なぜ長きにわたり正当な評価をされずに苦しんだのか、何がきっかけで現在に続くブレイクを果たすことになったのか。当記事ではこれらについて紹介していますので、草間彌生に関心をお持ちの方は、ぜひご一読ください。
■少女は病の苦しみから逃れるために筆を取る
赤やピンクのおかっぱ頭がトレードマークの草間彌生。巨大なかぼちゃのオブジェをはじめ、水玉をモチーフにした作品群で知られる現代アーティストです。一見不気味で異質な表現を生み出す彼女ですが、芸術家としての評価は世界トップクラス。2016年にはTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出され、世界各地で開催される個展はどこも長蛇の列(ブラジル・サンパウロの美術館では入場までの待ち時間が36時間に及んだとか)。2024年に英国の保険会社ヒスコックスが発表した調査によると、2023年のオークション販売金額のトップは草間彌生で、総額8,090万ドル、年間120億円を売り上げたといいます。
ただ、現在に至るまでの道のりは平坦ではありませんでした。少女時代に統合失調症を患い、幻覚や幻聴の苦しみから逃れるために水玉や網目模様を描き始めた彼女。強迫的ともいえる強烈な表現が次第に注目を集め、大学卒業後、地元である長野県松本市で初めての個展を開きます。しかし古い体質の日本画壇からの理解は得られず、そのことに失望した彼女は1957年、28歳の時に家族の反対を押し切り単身渡米します。出国前に既存の制作物のほとんどを燃やし、新天地での再スタートに挑むことになりました。
■「女性」で「アジア人」という色眼鏡
渡米後はシアトルとニューヨークで個展を開催。当時の流行でもあった抽象表現主義とも通じる点があったことから注目を浴びます。また、前衛的なゲリラ・パフォーマンスをはじめとしたさまざまなアプローチによる表現を試みますが、当時の評価は「奇抜な作品をつくる東洋人女性」という枠を脱しませんでした。商業的な成功には程遠く、日々の生活に苦労するほどだったといいます。
1960年代に正当な評価を得られなかった理由の一つは、当時のアート界全体が男性中心で、彼女のような女性アーティストは奇異の目で見られたこと。もう一つが、有色人種に対する差別意識が根強かったことです。草間彌生の作品そのものがきちんと評価されるまでにかなりの時間を要したのには、「女性」で「アジア人」という二重のマイノリティであったことが大きく影響したとされています。
その後、1970年代以降に高まるフェミニズム運動や、西欧中心だった美術史に多文化・多拠点という視点が持ち込まれ、アジアの現代美術への関心が高まったことなどが追い風となり、じわじわと再評価の機運が高まっていきます。大きな転機となったのが、1989年にニューヨークで開催された大規模な回顧展。さらに1993年のヴェネツィア・ビエンナーレでの展示が世界的な話題となり、日本を代表する現代芸術家としての認識が定着していきます。1998年から99年にかけて開催されたニューヨーク、ロンドン、ロサンゼルスを巡回する大回顧展では、各種メディアがこぞって「生きる伝説」と書きたて、以降は国際的な美術シーンの中心に立ち続けています。
■世界で最も高額で取引される日本人画家
旺盛な制作意欲で知られ、寝食を惜しんで作品を生み出し続けてきた草間彌生。大きなカンバスやオブジェクトをびっしりと埋め尽くす水玉や網目模様からは、単なる装飾ではなく「生きるための表現」であることが切実に伝わること、宇宙的な広がりを想起させる東洋人の神秘性、シンプルな形とビビッドな色使いからくる強烈なインパクトなどから、唯一無二の表現者として確固たる地位を築いています。
現在、彼女は最も高額で取引される日本人画家として知られ、特に近年の価格の高騰ぶりは尋常ではありません。当ギャラリーではこれまでに多くの草間彌生作品を取り扱ってきましたが、依然として彼女の作品を欲しがる方は国内外に多くいらっしゃいます。もしお手元に彼女の作品をお持ちで、価値が気になるという方がいらっしゃいましたら、お気軽にご相談ください。もちろん、査定だけでも構いません。
買取をさせていただいた草間彌生「Pumpkin」(キャンバスにアクリル)とともに弊画廊にて撮影いたしました。
■草間彌生もそれ以外も 骨董・アートの高価買取は北岡技芳堂へ
北岡技芳堂では骨董品の他にも絵画や茶道具、貴金属、趣味のコレクションなど、さまざまなジャンルの品物を買受しております。ここ名古屋の地で長年にわたり取引を重ねてきた実績をベースに、多種多様なニーズに対応できる販売チャネルをもつため、あらゆる骨董品の高価買取を実現しています。
ご実家の片付けや相続などの際、手持ちの骨董品について「どうしたら良いか分からない」という方も多くいらっしゃると思います。どのような品物でも、どのようなことでも構いません。私たち北岡技芳堂にお任せください。出張買取も実施しています。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させて頂きます。まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせください。
記事監修:北岡淳(北岡技芳堂 代表)
初代である祖父が掛け軸の表具師を生業としており、幼い頃から美術品や骨董品に親しむ。その後京都での修行を経て、3代目として北岡技芳堂を継承。2006年に名古屋大須にギャラリーを構え、幅広い骨董品や美術品を取り扱いながらその鑑定眼を磨いてきた。
最近のブログ
月別アーカイブ
- 2025年
- 2024年
- 2024年12月 (31)
- 2024年11月 (29)
- 2024年10月 (32)
- 2024年9月 (32)
- 2024年8月 (1)
- 2024年6月 (1)
- 2024年5月 (1)
- 2024年4月 (1)
- 2024年2月 (2)