2025年5月4日
黄永玉(こうえいぎょく)の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の掛軸買取りブログ
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黄永玉 本人
1924年8月9日 〜2023年6月13日は、中国湖南省出身の土家族の芸術家であり、画家、版画家、作家、詩人、建築家、デザイナーとして多彩な才能を発揮しました。
黄永玉の作品は、伝統的な中国画と西洋の要素を融合させた独自のスタイルで知られています。また、中央美術学院の教授や中国美術家協会副主席などを歴任し、中国美術界に多大な貢献をしました。
黄永玉は湖南省常徳県に生まれ、幼少期から芸術に親しみました。14歳で木刻版画を発表し、16歳で学業を中断して各地で働きながら芸術活動を続けました。
1948年には香港で初の個展を開催し、新聞や映画の美術編集としても活躍しました。1953年、表叔(母方の叔父)である作家・沈従文の勧めで中国本土に戻り、中央美術学院で教鞭を執りました。
黄永玉 荷
文化大革命中は「黒画」として批判されましたが、その後復権し、1980年には中国初の干支切手「猴票(申年)」をデザインしました。
黄永玉の芸術は多岐にわたり、版画、水墨画、油彩、彫刻、陶芸、建築設計、グラフィックデザインなど幅広い分野で活躍しました。代表作には、木刻版画『阿詩瑪』、水墨画『猫頭鷹』『山鬼』、そして酒鬼酒のパッケージデザインなどがあります。ま
た、建築作品としては、湖南省鳳凰県の「玉氏山房」、香港の「山之半居」、北京通州の「万荷堂」、イタリア・フィレンツェの「無数山荘」などが挙げられます。
文学の分野でも、黄永玉は詩、散文、小説、雑文など多くの作品を残しました。代表作には、『永玉六記』『老婆呀,不要哭』『这些忧郁的碎屑』『沿着塞纳河到翡冷翠』『无愁河的浪荡汉子』シリーズなどがあります。
特に『无愁河的浪荡汉子』は、自伝的要素を含む長編小説で、彼の人生観や時代背景が色濃く反映されています。
黄永玉 戏蟾
晩年も精力的に創作活動を続け、90歳を超えても毎日絵を描き、文章を書き続けました。2023年には、彼の遺志を継いだ展覧会「如此漫长·如此浓郁」が中国美術館で開催され、200点以上の新作が展示されました。この展覧会は、その後上海や湖南省などでも巡回され、多くの人々に感動を与えました。
黄永玉は、ユーモアと率直さを兼ね備えた人物であり、芸術に対する情熱と自由な精神で多くの人々に影響を与えました。彼の作品は、伝統と革新を融合させた独自のスタイルで、中国美術界に新たな風を吹き込みました。
また、教育者としても多くの後進を育て、その功績は今もなお語り継がれています。
黄永玉の買取でよくある質問
Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが、品物により出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。
Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.黄永玉の作品は、当店が真贋を拝見させていただき判断させていただきますので、一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像をお送りいただく方法もございます。
Q.黄永玉の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定いたします。お値段が合いましたら、買取りもさせていただきます。
Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが、査定額は低くなってしまう可能性がございます。
Q.黄永玉の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は、実際に作品を拝見させていただきます。
Q.黄永玉の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.水墨画や書の作品でなくても、骨董品など様々な物が買取り対象となります。
黄永玉の買取で当社が選ばれる理由
1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。
2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させ頂いております。
3.黄永玉の作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせて頂きます。
4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。
5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。
黄永玉 査定価格におけるポイント
黄永玉の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。
幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。
作品の種類
色彩の多い日本画的な作品に高値の査定価格がつきます。
50万円から500万円ぐらいの買取相場です。
保存状態
シミや痛み、汚れているのも査定価格が下がります。
作品の出来・不出来
黄永玉の作品は、可愛い子供の作品が評価されます。偽物が大変多いです。
軸装や額装の仕立てが良いと評価されます。共箱や箱書きにより値段が変わります。
黄永玉展などの展示会での画集掲載作品であると高い評価が出来ます。
制作年代
黄永玉の作品は、作品の伝わった展覧会歴が良ければ作品が高値で取引されております。
※このように同じ黄永玉の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。
黄永玉 略歴
1924年
8月9日 中国湖南省常徳県に生まれる。少数民族・土家族の出身。
1938年頃
(14歳) 木刻版画を制作・発表し始める。
1940年頃
(16歳) 学業を中断し、各地を放浪しながら独学で芸術活動を続ける。詩や文章も執筆。
1948年
香港で初の個展を開催。新聞・雑誌の美術編集者や映画ポスターの制作なども手がける。
1953年
中国本土に戻り、中央美術学院に招かれて教員となる。木刻版画『阿詩瑪』などで注目を集める。
1966〜1976年
文化大革命の影響で「黒画(ブルジョワ的)」とされ、批判・迫害を受ける。
1980年
中国初の干支切手「庚申年・猿」のデザインを担当。この「猴票」は現在でも切手収集界で非常に人気。 1
992年
以降 北京通州に「万荷堂」、湖南鳳凰に「玉氏山房」など、自身が設計した建築を次々と建て始める。
2000年代
フィレンツェに「無数山荘」を建て、欧州でも創作を展開。文筆活動も活発に行う。
2013年
自伝的小説『無愁河的浪蕩漢子』シリーズの刊行を開始。
2023年
6月13日 北京にて逝去。享年98歳。
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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。
美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。
どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。
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北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。
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まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。
骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】
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