2025年1月12日
永楽善五郎の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ
御所蔵の永楽善五郎の陶芸作品の買取価格を知りたい方は、高額査定の北岡技芳堂にお任せください。
永楽善五郎の作品を他社よりも高い買取価格で査定しています。 買取査定のポイント、永楽善五郎の作品の買取情報をご確認ください。 簡単LINE査定も随時受付しております。
永楽善五郎の作品をお持ちでしたら、ぜひ北岡技芳堂にご相談ください。 先代様の永楽善五郎のコレクションやご自身が蒐集されました作品、または譲り受けた永楽善五郎の作品を鑑定して買取りいたします。
陶芸作品の遺品整理、生前整理、コレクションの整理、お引越し、リフォーム、お片付けなどでご所蔵の永楽善五郎の作品を適正評価でご売却したい方、ぜひ当店にご相談下さい。 誠意を持ってご要望に沿うよう、高価買取をさせていただきます。
永楽善五郎の買取でよくある質問
Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが、品物により出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。
Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.永楽善五郎の作品は、当店が真贋を拝見させていただき判断させていただきますので、一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像をお送りいただく方法もございます。
Q.永楽善五郎の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定いたします。お値段が合いましたら、買取りもさせていただきます。
Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが、査定額は低くなってしまう可能性がございます。
Q.永楽善五郎の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は、実際に作品を拝見させていただきます。
Q.永楽善五郎の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても、絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。
十六代永楽善五郎(即全)造 即中斎書付
室町時代末期から、千家十職の土風炉師を勤める永楽家。初代宗禅より11代保全までは、西村姓を名乗る。永楽姓は、12代和全の途中から始まります。
10代了全の時に土風炉だけでなく茶陶の分野にも進出。
西村宗禅(初代)(?-1558年)
西村宗善(2代)(?-1594年)
西村宗全(3代)(?-1623年)
西村宗雲(4代)(?-1654年)
西村宗筌(5代)(?-1697年)
西村宗貞(6代)(?-1741年)
西村宗順(7代)(?-1744年)
西村宗圓(8代)(?-1769年)
西村宗巌(9代)(?-1779年)
永樂了全(10代)(1770年-1841年)
永樂保全(11代)(1795年-1855年)
永樂和全(12代)(1822年-1896年)
永樂回全(13代)-13代は二人
永樂曲全(13代)-13代は二人
永樂得全(14代)(1852年-1909年)
永樂妙全-14代の室(1852年-1927年)
永樂正全(15代)(1879年-1932年)
永樂即全(16代)(1917年-1998年)
永樂而全(17代)(1944年-)
永樂善五郎(18代)
永樂了全(10代)は、九代善五郎の息子。天明の大火により全焼した西村家を立て直して工房を整備し、 善五郎の歴史上屈指の名工である保全を養子に迎えて育てるなど、その功績は大きい。また、千家出入りになったのも了全の代からである。樂了入(九代樂吉左衛門)と親交があり、同じ町内に移り住むほどの影響を受けます。
永樂保全(11代) (1795年-1855年)永楽保全は青木木米、仁阿弥道八とともに、幕末の京焼の名工の一人といわれ、今日の永楽焼の家祖です。1827年に、紀州藩十代藩主徳川治寶の別邸西浜御殿の御庭焼開窯に招かれ、作品を賞して「河濱支流(かひんしりゅう)」の金印「永樂」の銀印を拝領しました。以降、「永樂」の印章を用いると共に12代・和全の代から永樂姓を名乗り、さかのぼって了全と保全も永樂の名で呼ばれています。
永樂和全(12代) (1822年-1896年)文政6年永樂保全(11代善五郎)の長男、仙太郎として生まれる。母は2年後に没する。天保14年十二代善五郎を襲名。弘化4年に酒造業木屋久四郎の長女、コウと結婚します。嘉永5年に、仁清窯跡に築窯します。嘉永6年、長男の常次郎(後の得全)生まれる。慶応元年この頃から「和全」の銘を使用します。慶応2年に宗三郎、常次郎と共に九谷焼の指導のため山代春日山に赴きます。明治3年、九谷から京へ戻ります。明治4年永楽得全に善五郎の名を譲り、善一郎と名乗ります。また西村姓を永樂姓に改姓します。明治5年に三河国岡崎の豪商の鈴木利蔵に招かれ、岡崎の甲山に築窯します。明治10年に岡崎での作陶を終え、帰京します。明治15年に一条橋橋詰町から洛東高台寺鷲尾町に転居し、菊谷焼を始めます。妻・コウ没。明治16年に聴力を失います。明治18年に鷲尾町から祇園に転居します。明治25年に祇園から建仁寺塔頭の正伝院に転居します。明治29年5月7日、74歳で亡くなります。
13代永樂回全、13代永樂曲全13代は二人います。
永樂妙全-14代の室 (1852年-1927年)本名:悠 号:妙全千家職家(千家十職) 14代得全の妻。得全没後14代善五郎を名乗り家業を守り、十五代善五郎の養育に尽力。1914(大正3)には三井高棟より「妙全」の号を賜り、作品の箱書には14代得全の落款と小柴庵三井高保より賜った「悠」の一字を捺印している。惺斎宗左好みのものをよく造り女性らしい優雅な作品をよく残す。
永樂正全(15代) (1879年-1932年)
得全亡き後、叔母の悠(妙全)(得全の妻)を助けて家職をつとめ、妙全の死後、家業を預かり正全となる。妙全は女性のため代の中には入っていないが、明治42年より没する昭和2年までの19年にわたって家業を継続し、今日の永楽家の家礎を築いた。
永樂即全(16代) (1917年-1998年)
京都市に生まれる。父は十五代永楽正全。父亡き後、昭和9年に善五郎を襲名します。34年結成の 京都伝統 陶芸協会 初代会長。三千家の職方として務めをはたすとともに、千家十職による千松会や十備会に出品します。
永樂善五郎(17代) (1944年-)昭和19年(1944)、京都府生まれ。十六代善五郎の長男。東京芸大日本画科、大学院陶芸科修了。父・十六代善五郎に師事。平成10年(1998)、十七代善五郎襲名します。日本工芸会正会員。
十六代永楽善五郎(即全)造 即中斎書付
永楽善五郎の買取で当社が選ばれる理由
1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。
2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させ頂いております。
3.永楽善五郎の作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせて頂きます。
4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。
5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます
永楽善五郎 査定価格におけるポイント
永楽善五郎の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。
幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。
作品の種類
永楽善五郎先生の作品は、茶碗、水指の作品に高値の査定価格がつきます。
6万円から15万円ぐらいの買取相場です。
保存状態
茶碗は使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。
作品の出来・不出来
永楽善五郎の作品は茶道具が評価されます。
華やかな絵付けの作品が高値が期待できます。
永楽善五郎展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。
制作年代
永楽善五郎先生の作品は、初期の作品も高値で取引されております。晩年の作品が査定価格が上がる傾向にあります。
※このように同じ永楽善五郎の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。
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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。
美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。
どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。
裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。
北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。
出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。
まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。
骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】
愛知県名古屋市中区門前町2-10
電話052(251)5515
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