2024年12月23日

金重素山の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ

御所蔵の金重素山の陶芸作品の買取価格を知りたい方は、高額査定の北岡技芳堂にお任せください。

 

金重素山の作品を他社よりも高い買取価格で査定しています。 買取査定のポイント、金重素山の作品の買取情報をご確認ください。 簡単LINE査定も随時受付しております。

 

金重素山の作品をお持ちでしたら、ぜひ北岡技芳堂にご相談ください。 先代様の金重素山のコレクションやご自身が蒐集されました作品、または譲り受けた金重素山の作品を鑑定して買取りいたします。

 

陶芸作品の遺品整理、生前整理、コレクションの整理、お引越し、リフォーム、お片付けなどでご所蔵の金重素山の作品を適正評価でご売却したい方、ぜひ当店にご相談下さい。 誠意を持ってご要望に沿うよう、高価買取をさせていただきます。

 

金重素山は、1909年3月31日 岡山県和気郡伊部村に備前焼窯元 金重楳陽(慎三郎)の三男として生まれて、七郎左衛門と名付けられました。父の楳陽が亡くなった時は、小学校へ通いはじめた7歳の時でした。 陶芸の道に入ったのは昭和2年、兄金重陶陽の下手間となった18歳の頃です。ようやく窯焚きが任せられるようになったのはそれから14、5年経った頃だったそうです。

 

13歳上の兄・金重陶陽は、兄であると同時に、父親のような役目を果たしていました。父の楳陽直伝の何ごとも体験で覚えさせる主義に則り、陶陽も特別な指導をせずに窯入れ、窯焚きなどを素山に伝えました。

 

「我々は貧乏生まれの貧乏育ち、しかし心の貧乏だけはすまいぞ。心が貧しくては作品に品位がなくなる」

 

と13才年上の陶陽はいい、兄弟というより子供のように可愛がられた。

 

「慣れない窯入れで、よく素地物を壊したりしたが、兄は決して怒らなかった」

 

と素山は振り返る。

 

金重素山 窯変徳利

金重素山 窯変徳利

 

天才陶工と呼ばれた兄の金重陶陽先生の助手としてスタートしました。

 

備前焼の名工として人々に愛される陶芸作品を手掛けた金重素山先生の窯変徳利です。

 

 

金重素山の買取でよくある質問

 

Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが、品物により出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。

 

Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.金重素山の作品は、当店が真贋を拝見させていただき判断させていただきますので、一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像をお送りいただく方法もございます。

 

Q.金重素山の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定いたします。お値段が合いましたら、買取りもさせていただきます。

 

Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが、査定額は低くなってしまう可能性がございます。

 

Q.金重素山の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は、実際に作品を拝見させていただきます。

 

Q.金重素山の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても、絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。

 

 

 

金重素山 略歴 

 

明治42年
3月31日、岡山県備前市伊部1531に備前焼窯元金重楳陽(慎三郎)を父として生まれる。本名七郎左衛門。父が幼時に死去したため、兄の金重陶陽に陶芸を学び、

昭和2年
1927年より陶陽の助手として専ら窯焚をつとめる。大本教を信仰し、

昭和26年
陶陽窯を離れるにあたって大本教主出口直日の招請により京都府亀岡市の大本教本部の大本窯、花明山窯を制作の場と定めた。

昭和34年
大本教本部京都府綾部の鶴山窯に築窯して独立。

 

昭和39年
岡山市円山に登窯を築窯した。桃山時代の伊部焼「緋襷」に魅せられその再現に力を注ぎ、独自の窯を考案して焼成を試み、

 

昭和40年
電気窯による「緋襷」制作を創案して翌年それを完成させた。

昭和42年
東京日本橋壺中居にて「緋襷」のみの個展を開催した。

昭和45、47年
東京日本橋三越で個展を開催。

昭和49年
山陽新聞文化賞受賞。

昭和53年
天満屋岡山店にて「金重素山展」を開催する。同57年伊部に牛神下窯を築く。

昭和58年
岡山県指定重要無形文化財保持者の認定を受けた。

昭和59年
東京、大阪、名古屋にて「備前 金重素山展」を開催するとともに岡山高島屋で「金重素山展」を開催。

平成2年
松阪屋本店、三越本店にて「傘寿金重素山展」を開催。同年伝統文化保存振興への貢献に対して文化庁長官表彰を受ける。同3年天満屋岡山店にて茶陶展を開催し、同年岡山県文化賞受賞。

平成6年
三木記念賞を同7年備前市功労賞を受賞した。

昭和50年と
昭和54年に日本陶芸展に推薦出品したほか、兄陶陽一門の展覧会に協賛出品しているが、特定の団体に所属せず、茶陶を中心に独自の作陶を続けた。桃山風のおおらかなフォルムと緋襷の焼成により、風格ある作風を示す一方、伝統的備前焼きの進展に寄与した。

 

平成7年
12月27日備前焼作家の金重素山は12月27日午後5時50分肺炎のため岡山県赤磐郡山陽町の病院で死去した。享年86。

 

 

 

金重素山 朝鮮唐津徳利

金重素山 朝鮮唐津徳利

 

粉引・呉須絵・朝鮮唐津・失透釉なども手掛けていただけでなく、信楽を中心に三島手・流釉・天目釉・灰釉なども作陶していたようです。

 

また、陶芸の思いの根底の部分でも備前焼だけではなく、陶芸作品に対する多角的なアプローチが関係しているのではないかと思われます。兄の陶陽は、アート寄りの思想を抱きながら陶芸の修行を積み重ねていたようですが、弟である素山の方は、お茶を飲むための茶碗というアプローチで実際に使う事を考えて作陶したのではないか。

 

 

 

金重素山の買取で当社が選ばれる理由

 

1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。

 

2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させ頂いております。

 

3.金重素山の作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせて頂きます。

 

4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。

 

5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。

 

 

 

金重素山 査定価格におけるポイント

 

金重素山の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。

幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。

 

作品の種類

 

金重素山先生の作品は、徳利やぐい呑みの作品に高値の査定価格がつきます。

 

5万円から20万円ぐらいの買取相場です。

 

保存状態

 

茶碗などは使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。

 

作品の出来・不出来

 

金重素山の作品は窯変の作品が評価されます。

 

伊部愚意呑 と書かれた作品は晩年で高値が期待できます。

 

金重素山展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。

 

 

制作年代

 

金重素山先生の作品は、初期の作品も高値で取引されております。晩年の作品が査定価格が上がる傾向にあります。

 

※このように同じ金重素山の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。

 

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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。

 

美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。

 

どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。

 

裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。

 

北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。

 

出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。

 

まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。

 

骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】

 

愛知県名古屋市中区門前町2-10

 

電話052(251)5515

 

営業10:00-18:00

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