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2019年8月31日

平良志季 宝探し 6号

今回の平良志季さんの作品も際立った個性のある作品です

平安時代とか鎌倉時代のお姫様が一つ目小僧と宝を探しているのか、右手に香炉を持ち、左手でここを探せと言っているみたいです。平良志季さんの作品には必ず妖怪が出てきますね。若手作家ながら東洋的な感覚の作品を発表する数少ない作家です。

上部のブルーが、すこぶる効いてますね!

これからの作品が楽しみですね。

 

平良志季 宝探し 6号 絹本彩色

 

心象人物画展

2019年9月7日(土)〜9月14日(土)※会期中無休

開催場所:ギャラリー北岡技芳堂

営業時間:10時〜18時(最終日は16時終了)

心の中に描き出される姿、形をテーマに、豊かな表現力を持つ、実力派の日本画家9名による作品を展示いたします。
ぜひこの機会にご高覧いただけましたら幸いです。

作品についてのお問い合わせもお気軽にご連絡くださいませ。

作家:桑原聖美/顧洛水/坂根輝美/下重ななみ/平良志季/宮﨑優/山科理絵/福田季生/山本真澄

 

平良志季   TAIRA shiki

略歴

1990年 東京都生まれ

2013年 東京藝術大学美術学部デザイン科卒業

2015年 東京藝術大学大学院修士課程 描画装飾研究室 修了

 

2019年8月30日

山本真澄 「emotion」 F8号

今回の心象人物画展にご出品いただく山本真澄さんの作品です。

いつもは子供を描くことが多いのですが、

真澄さんの美人画も見てみたいなとお話をしましたら、

今回は魅力的な少女が出来上がりました。

成長して大人になっていく少女のこれからの繋がりを、様々な紙テープで暗示しているのでしょうか。

髪の毛とのバランスも抜群で、冠のデザインも可愛いですね!

山本真澄 「emotion」 F8号

 

心象人物画展

2019年9月7日(土)〜9月14日(土)※会期中無休

開催場所:ギャラリー北岡技芳堂

営業時間:10時〜18時(最終日は16時終了)

心の中に描き出される姿、形をテーマに、豊かな表現力を持つ、実力派の日本画家9名による作品を展示いたします。
ぜひこの機会にご高覧いただけましたら幸いです。

作品についてのお問い合わせもお気軽にご連絡くださいませ。

作家:桑原聖美/顧洛水/坂根輝美/下重ななみ/平良志季/宮﨑優/山科理絵/福田季生/山本真澄

 

 

山本真澄  YAMAMOTO Masumi

略歴

1985年 生まれ

2004 岐阜県立加納高等学校美術科 卒業

2010 京都造形芸術大学 芸術学部 日本画コース 卒業

 

 

2019年8月29日

高麗茶碗を買取いたしました。

高麗茶碗

玉星

裏千家又妙斎書付

 

味のある素直な形の茶碗、口の部分がやや鼠色になっており、茶碗全体に鉄分がおおくふくまれているのか黒い斑点が出てきている。それが珍しく、玉星と名付けられたのか。
古格があり比較的古い頃の作に感じられます。古い桐箱に裏千家又妙斎宗匠の書付が嬉しいです。

 

しばらくお茶を頂くと茶碗の良さがわかりますね。
画像ではわかりにくいですかね!

 

味があり景色があり最高!

 

 

高麗茶碗の買取をいたしております。やっぱり高麗茶碗が一番茶碗としては魅力があると思うことが多いです。ピシッと焼きしまった土味、長い間使った時代の味、必要以上に機を衒わない形など高麗茶碗には人を惹きつける何かがありますね。良いお茶碗のお持ちでしたら一度拝見させて頂きたいです。高麗茶碗は私が好んでおりますのでできる限りお値段を頑張って買取ろうと思います。高麗茶碗高価を買取いたします。是非ご一報を!

 

 

2019年8月28日

涌蓮法師の掛軸を買取致しました。

涌蓮法師(ようれん)

わけゆかむ 
末もはるけし 
野べはいま 
花の千種の
色になるころ

分けてゆこう、果ても遥かな野辺は今、花が様々な色になるころだ

 

 

 

 

 

伊勢の黒田の人、江戸中期の浄土真宗高田派の僧。
浄光寺誓海の弟。
諱は慧亮、字は達空、嵯峨居士と号する。
江戸桜田の澄泉寺に住したが、のち京に出奔し、嵯峨に庵を結んだ。
和歌は冷泉為村に学び、小沢蘆庵や伴蒿蹊と親しかった。
生涯一物もたくはへず。明暮念仏するいとまには歌をよめりしに、歌書一巻をだに持たなかったという。
伴蒿蹊(ばんこうけい)【近世畸人伝】
安永三年(1774)五月二十八日、没。五十六歳。
歌は一首として書き残していなかったが、聞くままに書き付けた人があり、辛うじて一巻の家集をなしたのが『獅子巌和歌集』であるという、校注国歌大系十七所収されている。

 

※短冊の掛軸など、和歌や俳句の掛軸を買取致します。日本人の心は和歌や俳句に宿されています。素晴らしい日本文化の芸術作品です。和歌や俳句を筆と墨を使って表現された書も大変素晴らしい作品があります。まずは、お電話にてお問い合わせください。物によっては高価格にて買取致します。

 

2019年8月26日

李朝陶器の銘々皿を買取いたしました。

李朝陶器の銘々皿を買取いたしました。杉箱に定家流の筆で井戸脇 向付と書かれてます。

遠州流の茶人が使ってたのかな。

銘々皿としてつかいたいです。

李朝初期から中期にかけての物かな?

 

李朝の陶磁器を買取致します。

李朝陶器の、茶碗、壺、花入、皿、盃などを買取いたしております。

お宅に眠っていませんでしょうか?

茶道具の茶碗などにも李朝陶器は高麗茶碗として様々なものが桃山時代から大切に使われてきました。ヒビやカケがありましても素晴らしさに変わりはありません。高価なものでも茶碗として使われていたので、痛んでいるものがありますが、問題なく取引されております。むしろ使い込んだ味わいが評価の対象になります。先ずは、お電話やメールにてお話をお聞かせください。画像をもとにお話を致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年8月22日

烏丸光廣の短冊軸装を買取りました。

烏丸光廣

短冊軸装です。

 

 

 

 

 

 

 

佐夜中山

あやしなと、かくはながめの、とまからん、花も紅葉も佐夜の中山

あやしなと
は、
「あやしげな」神秘的な

かくはながめの
は、
「かく」は「このように」なので「このような眺めの」になります

とまからん
は、
「止ま」「か」「らん」と解釈して、「立ち止まったんだなぁ」

花も紅葉も
は、
そのまま

佐夜の中山
は、
小夜の中山(さよのなかやま)または佐夜の中山(読みは同じ)は、静岡県掛川市佐夜鹿(さよしか)に位置する峠。最高点の標高は252m。古くは遠江国の東部に属し、宿場では金谷宿と日坂宿の間に当たる。頂上には真言宗の久延寺、西側の麓の日坂宿の入口には事任八幡宮があり、多くの人々が旅の安全を願って立ち寄ったと伝わるほか、遠州七不思議の一つで、赤ん坊の泣き声を発したとの伝説を持つ夜泣き石がある。

夜泣き石の伝説

小夜の中山峠は、旧東海道の金谷宿と日坂宿の間にあり、急峻な坂のつづく難所である。曲亭馬琴の『石言遺響』(文化2年)(1805年)によれば、その昔、お石という身重の女が小夜の中山に住んでいた。ある日お石がふもとの菊川の里(現・静岡県菊川市菊川)で仕事をして帰る途中、中山の丸石の松の根元で陣痛に見舞われ苦しんでいた。
そこを通りがかった轟業右衛門という男がしばらく介抱していたのだが、お石が金を持っていることを知ると斬り殺して金を奪い逃げ去った。 
その時お石の傷口から子供が生まれた。そばにあった丸石にお石の霊が乗り移って夜毎に泣いたため、里の者はその石を『夜泣き石』と呼んでおそれた。
生まれた子は夜泣き石のおかげで近くにある久延寺の和尚に発見され、音八と名付けられて飴で育てられた。
音八は成長すると、大和の国の刀研師の弟子となり、すぐに評判の刀研師となった。 
そんなある日、音八は客の持ってきた刀を見て「いい刀だが、刃こぼれしているのが実に残念だ」というと、客は「去る十数年前、小夜の中山の丸石の附近で妊婦を切り捨てた時に石にあたったのだ」と言ったため、音八はこの客が母の仇と知り、名乗りをあげて恨みをはらしたということである。
その後、この話を聞き同情した弘法大師が、石に仏号をきざんでいったという。 なお、ほぼ同様な伝説は安永2年(1773年)刊行の随筆「煙霞綺談」(遠州の人・西村白鳥 著)にも記載されている。

 

生涯

天正7年(1579年)に准大臣・烏丸光宣の長男として誕生。母は不詳。経済的に恵まれた環境のもと、

天正9年(1581年)わずか3歳で従五位下に叙された。弁官や蔵人頭を経て、

慶長11年(1606年)1月参議に任じられて公卿に列した。

慶長14年(1609年)7月に起きた猪熊事件(侍従猪熊教利による女官密通事件)に連座して後陽成天皇の勅勘を蒙り、官を止められて蟄居を命じられた。

慶長16年(1611年)4月に勅免されて還任。

元和2年(1616年)2月権大納言に進む。

元和6年(1620年)1月正二位に昇ったが、これ以降官位の昇進は見られず。

寛永15年(1638年)7月13日に薨去。享年60。初め西賀茂霊源寺に葬られた。

寛文3年(1663年)7月洛西太秦の法雲院に移された。

法名は法雲院泰翁宗山。伝記に孫・資慶による『烏丸光広卿行状』がある。後水尾上皇からの信任厚く、公武間の連絡上重要な人物として事あるごとに江戸に下り、公卿の中でも特に江戸幕府側に好意を寄せていた。また、自由闊達な性格で逸話にも富み、多才多芸な宮廷文化人として、和歌や書・茶道を得意とした。

慶長8年(1603年)に細川幽斎から古今伝授を受けて二条派歌学を究め、将軍・徳川家光の歌道指南役をも勤めている。

書については、大変ユニークではあったが、寛永の三筆に決して劣らず、光広流と称される。

本阿弥光悦や俵屋宗達など江戸の文化人と交流があり、また、清原宣賢に儒学を学び、沢庵宗彭・一糸文守に帰依して禅をも修めた。

 

 

2019年8月20日

藤田嗣治の白い猫を買取いたしました。

藤田嗣治

白い猫

1929年

32.5cm×44.5cm

版上サイン有

肉球が可愛い!

 

 

藤田嗣治の作品を買取いたしております。

油彩画の藤田嗣治の作品から、版画、デッサン、素描など様々な作品がありますが高額で買取いたします。

藤田嗣治は人気がありますので高値で取引されております。

まずは、お電話、メールにてお問い合わせください。

 

 

 

 

 

 

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