ブログ アーカイブ | 北岡技芳堂

北岡技芳堂
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2015年4月27日

ゴールデンウイーク期間中の店舗の休業日について

平素より格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
誠に勝手ながら、下記の期間休業とさせていただきます。
◆休業期間◆ 
平成27年5月3日(日)~5月6日(木)
また、査定担当者は平成27年4月28日(火)~5月6日(木)の期間、
長期出張の為あいにく不在となります。
出張中にいただきましたお問い合わせ等に関しましては、
5月7日(木)以降、順次対応させていただきます。

2015年4月24日

岸本浩希 日本画展 〜移りゆく瞬間をとどめて〜

個展のご案内
岸本浩希 日本画展
〜移りゆく瞬間をとどめて〜
会場:阪急うめだ本店 7階 美術画廊
会期:2015年4月29日(水・祝)〜5月5日(火・祝)
               
*催し最終日は午後6時終了


いよいよ迫って参りました、ご来場お待ち致しております。

2015年4月24日

山田想 陶展  

山田想 陶展のご案内
会期:2015年 5月30日(土)〜6月7日(日)
常山窯での急須作りの伝統は、父から子へ受け継がれ今、 次期5代となる山田想へと受け継がれている。 新しい感覚を常滑焼に投影しようとしている山田想の作品を この機会に是非、ご高覧いただきたく皆様のご来場をお待ちしております。

会 場 : ギ ャ ラ リ ー 北 岡 技 芳 堂
会期中無休 10時から18時
※最終日16時30分終了

2015年4月24日

中山 忠彦の絵画を買取いたしました。

中山 忠彦(なかやま ただひこ、1935年3月20日 – )は、日本の洋画家、日本芸術院会員。日展元理事長(現在は理事)。白日会会長。福岡県小倉市(現・北九州市)生まれ。

9歳で大分県に疎開。1950年に15歳で県展に入選。
中津西高校(現大分県立中津南高等学校)卒業後上京して伊藤清永に入門。アルバイトのかたわら三輪孝主宰の阿佐ヶ谷洋画研究所に学ぶ。
1954年日展に入選。
1958年白日会会員に推挙される。
1965年の結婚以来、良江夫人をモデルにした美人画を描き続け、1996年日本芸術院賞受賞、1998年芸術院会員となる。
2002年伊藤清永の後任として白日会会長に就任。
2009年日展理事長に就任(2013年に退任)。
『中山忠彦画集』(ビジョン企画出版社、2006)がある。

2015年4月24日

東山 魁夷の絵画を買取致しました。

東山 魁夷(ひがしやま かいい、1908年(明治41年)7月8日 – 1999年(平成11年)5月6日)は、日本の画家、著述家。昭和を代表する日本画家の一人といわれる。文化勲章受章者。千葉県市川市名誉市民。本名は東山 新吉(ひがしやま しんきち)。

船具商を営んでいた父・浩介と妻・くにの次男として横浜市に生まれる。父の仕事の関係で3歳の時に神戸西出町へ転居。兵庫県立第二神戸中学校(現兵庫高校)在学中から画家を志し、東京美術学校(現:東京芸術大学)日本画科へ進学。結城素明に師事。在学中の1929年第10回帝展に「山国の秋」を初出品し、初入選を果たす。美術学校を卒業後、ドイツのベルリン大学(現フンボルト大学)に留学。1940年には日本画家の川﨑小虎の娘すみと結婚。1945年応召し、熊本で終戦を迎える。召集解除後は小虎、母、妻が疎開していた山梨県中巨摩郡落合村(現南アルプス市)に一旦落ち着く。11月に母が死去すると千葉県市川市に移り、その後1953年には大学の同窓・吉村順三設計による自宅を建て[1]、50年以上に亘りその地で創作活動を続けた。
戦後、1947年の第3回日展で「残照」が特選を得たことが転機となり、以降、風景を題材に独自の表現を追求した。1950年に発表した「道」は、前方へとまっすぐに伸びる道それだけを描く作品で、単純化を極めた画面構成に新機軸が示されている。北欧、ドイツ、オーストリア、中国にも取材し、次々と精力的に発表された作品は、平明ながら深い精神性をそなえ、幅広い支持を集めた。1960年に東宮御所、1968年に落成した皇居宮殿の障壁画を担当した。1970年代には約10年の歳月をかけて制作した奈良・唐招提寺御影堂障壁画「黄山暁雲」は畢生の大作となった。千変万化する山の姿を墨の濃淡を使い分け、鮮やかに描き出した。東山は黄山を「充実した無の世界」と表現した。混沌とした自然の移ろいにあらゆるものを生み出すエネルギーを感じ取った。この計画を手がけたことにより国内での知名度と人気はさらに高まり、国民的日本画家とも呼ばれるようになった。画集のみならず文章家でもあり画文集など、著作は数多い。川端康成とも親交が深かった[2]。
ドイツ留学中に知ったドイツロマン主義の画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒを日本に初めて紹介したのも彼である。また、瀬戸大橋の色を提案したことでも知られる。
生前、日展への出品作など代表作の多くを東京国立近代美術館と長野県に寄贈。長野県は長野県信濃美術館に「東山魁夷館」(谷口吉生設計)を増設し、寄贈された作品の常設展示にあてている。その他、少年時代を過ごした神戸市にある兵庫県立美術館、父方の出身地である香川県の「香川県立東山魁夷せとうち美術館」にも、版画を中心とする作品が寄贈されている。戦後の復員直後から死去するまで暮らしていた千葉県市川市には、自宅に隣接して市川市立「東山魁夷記念館」が開館した。また、美術学校時代のキャンプ旅行の途中、激しい夕立に遇った際に温かいもてなしを受けたことに感謝して後に寄贈された約500点の版画を収蔵する「東山魁夷 心の旅路館」が、岐阜県中津川市(旧長野県木曽郡山口村)にある。

2015年4月20日

松南軒にて 岡村智晴の流転を掛ける。

津 松菱 6階 美術画廊 右横
松南軒にて
岡村智晴の流転を掛ける。
この茶室は、江戸時代末期に京都で建てられる。
裏千家十一代家元玄々斎のお点前にて西郷隆盛や富岡鉄斎など勤皇の志士達がこの席に客となってお茶を楽しんだと伝へられている。
こうした由緒をもち玄々斎好みとして伝わる茶室を松菱の創業者が愛用していたものを京都から松菱に移築した。

2015年4月20日

第2回Trim ギャラリートーク&コンサート

第2回Trim ー新進気鋭日本画展ー
4月18日(土)
4月19日(日)
※午前11時と午後2時から美術画廊でギャラリートーク&コンサートを開催いたしました。
会期 は
4月15日(水)〜
4月21日(火)
会場:松菱6階 美術画廊
岡村智晴
岸本浩希
平田 望
本地祐輔

2015年4月17日

草間弥生の絵画を買取致します。

草間 彌生(くさま やよい、1929年(昭和4年)3月22日 – )は、日本の彫刻家、画家、小説家。女性。長野県松本市生まれ。新宿区名誉区民。草間弥生と新字体で表記されることもままある。
絵画の画面や彫刻の表面のみならず、見る者の視界を覆い尽くさんばかりの水玉模様のモチーフを使うことが特徴。合わせ鏡を用いて光やオブジェを無限に広がるように見せるインスタレーションや、男根状のオブジェを日用品などに張り付ける立体作品も制作している。カボチャをモチーフにした作品も、しばしば見られる。
また、ファッションデザインや小説執筆などの活動も行う。

2015年4月15日

第2回Trim ー新進気鋭日本画展ー

本日から始まります。
第2回Trim ー新進気鋭日本画展ー
会期:2015年4月15日(水)〜4月21日(火)
会場:松菱6階 美術画廊
岡村智晴
岸本浩希
平田 望
本地祐輔
※4月18日(土)と19日(日)午前11時と午後2時から美術画廊でギャラリートーク&コンサートを開催いたします。

2015年4月12日

籔内佐斗司の作品を買取致しました。

1978年、東京芸術大学美術学部彫刻科卒業。1980年、東京芸術大学大学院美術研究科澄川喜一研究室で彫刻を専攻し、修了する。
1982年から1987年まで、東京芸術大学大学院美術研究科保存修復技術研究室の非常勤講師を勤める。仏像などの古美術の古典技法とその修復技術を研究、新薬師寺地蔵菩薩立像(奈良市)、平林寺十六羅漢像(新座市)などで東京芸術大学が中心となって行った、保存修復に参加する。
1987年、彫刻家として活動を開始する。作品には、横浜ビジネスパークの「犬も歩けば」(1990年)など、パブリック・アートも多い。2004年、東京芸術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復彫刻研究室教授に就任する。

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