ブログ アーカイブ | 北岡技芳堂

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2014年1月31日

北大路魯山人の備前徳利

北大路魯山人
備前徳利
かつて魯山人は、「世界一の土」と激賞した、備前の最高と言われる粘土で焼き上げた景色の良い姿の美しい窯変徳利です。

※窯変
窯変がとても綺麗な徳利です。 昭和24年と昭和27年に岡山・金重陶陽氏のもとで、備前作品を造っています。 金重家の土は、とても良い土で、備前焼にのめり込みました。
薪に触れた部分に銀色、触れなかった部分に朱色、その境目には金色が出ることもある変化に富んだ焼き色です。
作品の大部分が薪に埋もれるような場所に横倒しに窯詰めし、薪に触れる部分と触れない部分をつくります。
焼成できる場所がわずかで、備前焼の華といえる焼き色です。
窯変は、陶磁器などで焼成時に予期しない釉色が出ることをいいますが、備前焼でいう狭義の窯変は、この焼き色のことをさします。

2014年1月29日

捨テ見ナレ悔いジヨモ

柳宗悦の書と河井寛次郎の陶芸作品と組み合わせました。
柳宗悦
捨テ身ナレ
悔イジヨモ
河井寛次郎
花扁壺
呉須辰砂

捨て身で生きないと後悔する。
※柳 宗悦(やなぎ むねよし、1889年(明治22年)3月21日 – 1961年(昭和36年)5月3日)は、民藝運動を起こした思想家、美学者、宗教哲学者。
※河井 寛次郎(かわい かんじろう、1890年(明治23年)8月24日 – 1966年(昭和41年)11月18日)は、日本の陶芸家。
陶芸のほか、彫刻、デザイン、書、詩、詞、随筆などの分野でも優れた作品を残している。

2014年1月23日

ルネ ラリック 薔薇花文蓋物

根強い人気の!
ルネ ラリック 薔薇花文蓋物

さて何を入れようか?
ルネ・ラリック(René Lalique、 1860年4月6日 – 1945年5月5日)は、19世紀~20世紀のフランスのガラス工芸家、宝飾(ジュエリー)デザイナー。
アール・ヌーヴォー、アール・デコの両時代にわたって活躍した作家。
前半生はアール・ヌーヴォー様式の宝飾(ジュエリー)デザイナーとして活躍し、その分野で名声を得ていた。宝飾デザイナー時代から、ガラスをパーツに用いていたが、ガラス工場の経営者に転進するのは50歳を過ぎてからである。
※技法
ルネ ラリックのガラス工芸品には、動物、女性像、花などアール・ヌーヴォー時代に好まれたモチーフが多く見られる。
素材としては乳白色で半透明のオパルセント・グラスを好んで用いた。これは、光の当たり方によって色合いが微妙に変化するものである。
1920年代中頃からは色ガラスの作品も増えるが、色ガラスを使う場合も単色で用いることが多かった。
技法的には、鋳鉄製の型を使った型吹き成形およびプレス成形によるものが多い。
「型吹き成形」:鉄製の凹型に溶けたガラスを空気圧で押し込むもの
「プレス成形」:凹型と凸型を用い、凹型に流し込んだガラスを凸型で押さえるもの
これらの工程は機械化され、大量生産に対応していた。

2014年1月8日

正月は豪勢な常設

常設展示致しております。
熊谷守一
北大路魯山人
山口長男

熊谷守一(くまがい もりかず、1880年(明治13年)4月2日 – 1977年(昭和52年)8月1日)は、日本の画家。日本の美術史においてフォービズムの画家と位置づけられている。しかし作風は徐々にシンプルになり、晩年は抽象絵画に接近した。富裕層の出身であるが極度の芸術家気質で貧乏生活を送り、「二科展」に出品を続け「画壇の仙人」と呼ばれた。
北大路 魯山人(きたおおじ ろさんじん、ろざんじん・ろさんにん とも、1883年(明治16年)3月23日 – 1959年(昭和34年)12月21日)は、日本の芸術家。本名は北大路 房次郎(きたおおじ ふさじろう)。
晩年まで、篆刻家・画家・陶芸家・書道家・漆芸家・料理家・美食家などの様々な顔を持っていた。
山口 長男(やまぐち たけお、1902年11月23日 – 1983年4月27日)は、京城府(現・韓国ソウル)出身。1921年に19歳で日本に来るまでを京城ですごした。日本の抽象絵画の先駆者である。武蔵野美術学園長を務めた。典型的な作品は、黒系の地に黄土色または赤茶色系の大きな色面を配したもので、いわゆる「ハード・エッジ」の抽象絵画とは違い、温かみを感じさせる。

2014年1月8日

一客一亭の初釜

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。
知人宅で初釜
酒井抱一の利休像

賛は寰海宗晙、寰海和尚は、大徳寺の第四一五世住持で松平不昧と友達であった。
利休にたづねよ 映画を観てリクエスト致しました。
覚々斎の竹の花入れ
銘サビ介 箱書き 直斉

茶道表千家六世家元。久田宗全の子。のち表千家五世随流斎の養子となり、六世を継ぐ。藤村庸軒に学ぶ。紀州家の藩主頼方(のちの将軍吉宗)に茶湯を教授する。享保15年(1730)歿、53才。
青貝の菓子器に干柿

さっぱりと自然の甘みが美味しかったです。
正月を清く迎える事が出来ました。

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