2024年11月8日
吉田美統の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ
御所蔵の吉田美統の陶芸作品の買取価格を知りたい方は、高額査定の北岡技芳堂にお任せください。
吉田美統の作品を他社よりも高い買取価格で査定しています。 買取査定のポイント、吉田美統の作品の買取情報をご確認ください。 簡単LINE査定も随時受付しております。
吉田美統の作品をお持ちでしたら、ぜひ北岡技芳堂にご相談ください。 先代様の吉田美統のコレクションやご自身が蒐集されました作品、または譲り受けた吉田美統の作品を鑑定して買取りいたします。
陶芸作品の遺品整理、生前整理、コレクションの整理、お引越し、リフォーム、お片付けなどでご所蔵の吉田美統の作品を適正評価でご売却したい方、ぜひ当店にご相談下さい。 誠意を持ってご要望に沿うよう、高価買取をさせていただきます。
吉田美統は、金箔の薄箔と厚箔を使い遠近感を出す技法が特徴です。 その技術は釉裏金彩(ゆうりきんさい)のいわれておりその第一人者です。
使用する金箔が極薄の為、金箔のカットの技術を必要とします。 磁器に金箔を焼付けた後、透明釉を施し、金本来の色を際立たせているのも特徴です。その金色は変色することなく金本来の色を永続することができます。 落ち着いた格調の高い、優美な陶芸技術として国内外から高く評価されています。
吉田美統 本人
九谷焼独特の赤絵金襴手を継承した。吉田美統も高校在学中から陶芸技法を学び始めて、卒業後1951年に家業である錦山窯の三代目となり、九谷の伝統的な絵付け等の技法を習得します。
1962年には武蔵野美術短期大学の特修生として工芸デザインを学んでいます。
釉裏金彩技法を用いた加藤土師萌の作品に出会ったことをきっかけに、自らの作陶にもその技術を取り入れる事を決意しました。
九谷焼の伝統の色絵具をかけた素地を、本焼きして、地色とし、その上に二種類の金箔を文様にして、切り取ったものを載せて焼き付け、更に仕上げとして全面に透明な釉薬をかけて焼き仕上げる。その1つ1つの工程に於いて独自の研究を為し、技術の洗練度を高めました。
吉田美統 釉裏金彩芙蓉文花瓶(紫)
代表的作品である釉裏金彩で「芙蓉」を見事にあしらっております。花びらの一枚一枚、葉、枝の部分全て手作業で貼りう付けられております。
作品の細部にまで綿密に計算され、濃淡などを表現されております。
吉田美統の買取でよくある質問
Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが、品物により出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。
Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.吉田美統の作品は、当店が真贋を拝見させていただき判断させていただきますので、一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像をお送りいただく方法もございます。
Q.吉田美統の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定いたします。お値段が合いましたら、買取りもさせていただきます。
Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが、査定額は低くなってしまう可能性がございます。
Q.吉田美統の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は、実際に作品を拝見させていただきます。
Q.吉田美統の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても、絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。
吉田美統 釉裏金彩芙蓉文花瓶
黄金に輝く芙蓉の花。金箔で象られた形は、萌黄色の地にやさしく浮かびあがり、たおやかに咲いています。華麗でありながら派手さはなく、かえって奥ゆかしくも感じられるのは、吉田美統の技術が成せる業です。
吉田美統は、数ある九谷焼の上絵付技法のなかでも、金彩による装飾を代々得意としてきた窯元、錦山窯の三代目当主です。
加藤土師萌の釉裏金彩作品に出会い、その斬新さに衝撃を受けたことをきっかけに、この技法に取り組み始めました。
以来30年以上に渡り技を磨き続け、現在では重要無形文化財保持者(人間国宝)の指定を受けています。
本作では、扱いが困難といわれる金箔を巧みに操り、花や葉の陰影や奥行きまで見事に表現されています。繊細な金箔を透明釉で閉じ込める「釉裏金彩」の美を語るにふさわしい品格を備えた陶芸作品である。
吉田美統 略歴
1932年 石川県小松市に生まれ、本名を稔。
1951年 錦山窯3代を継承して上絵付けや金襴手の技法習得に努める。
1963年 九谷焼新作展で県知事賞を受賞。
1970年 日本万国博覧会に石川県より選抜され百人一首大花瓶を出品。
1974年 日本伝統工芸展入選。
1976年 朝日陶芸展で受賞。
1979年 釉裏金彩鉢外務省買上作品に選定される イタリア・フィレンツェ・コンクール’79に選抜出品
1980年 伝統九谷焼工芸展で優秀賞を受賞。
1982年 一水会陶芸展で会員優賞を受賞。
1984年 中日国際陶芸展で受賞。 日本伝統工芸展で奨励賞を受賞。
1992年 日本伝統工芸展で高松宮記念賞を受賞。 石川県指定無形文化財に認定。
1993年 釉裏金彩鉢がワシントン・スミソニアン研究機構のサックラー 美術館の永久保存作品に選ばれます。
1995年 日本陶磁協会賞を受賞。 日本伝統工芸展鑑査委員となります。
1997年 国際色絵陶磁器フェア’97九谷で受賞。
2000年 日本伝統工芸展鑑査委員となる。 日本伝統工芸展で保持者賞を受賞。
2001年 紫綬褒章を受章。 重要無形文化財「釉裏金彩」の保持者(人間国宝)に認定 される。 北國文化賞、石川県文化功労賞を受賞。
2002年 小松市文化賞を受賞。
2003年 石川テレビ賞を受賞。
2006年 旭日小受賞 財団法人石川県美術文化協会理事
2007年 「わざの美」大英博物館に選抜出品します。
2010年 日本橋三越に於いて傘壽記念展開催
2018年 文化庁企画による工芸技術記録映画製作されます。
2012年 文化庁主催海外展 「日本のわざと美・近代工芸の精華」 (イタリア・フィレンツェ市)選抜出展
吉田美統 釉裏金彩菊鳳凰飾皿
飾皿は、令和を記念して特別に製作されました。人間国宝・吉田美統氏による作品の釉裏金彩菊鳳凰です。
高貴な紫地に、縁起の良い菊花と鳳凰が美しく描かれており、そのデザインは気品と華やかさを見事に融合させています。
伝統と現代が調和したこの飾皿は、現代の空間を美しく彩ります。
吉田美統の買取で当社が選ばれる理由
1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。
2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させ頂いております。
3.吉田美統の作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせて頂きます。
4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。
5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。
吉田美統 査定価格におけるポイント
吉田美統の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。
幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。
作品の種類
吉田美統先生の作品は「釉裏金彩」に高値の査定価格がつきます。
10万円ぐらいの買取相場です。ぐい呑みですと1万前後になります。
保存状態
茶碗などは使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。
作品の出来・不出来
吉田美統の作品は窯の焼き上りを重要とします。上がりが良い作品と上がりが悪い作品があります。
吉田美統展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。
制作年代
吉田美統先生の作品は、初期の作品よりも後期の作品の方が査定価格が上がる傾向にあります。
※このように同じ吉田美統の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。
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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。
美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。
どうしたら良いか分からなかったり、ご売却を迷われている方がが多いと思いますが、どのようなことでも北岡技芳堂にお任せください。
裁判所にも有効な書類を作成させていただく事も出来ます。
北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。
出張買取も行っております。愛知県、三重県、岐阜県、静岡県その他の県へも出張させていただきます。
まずは、お電話にてお気軽にお問い合わせくださいませ。
骨董品の買取【北岡技芳堂 名古屋店】
愛知県名古屋市中区門前町2-10
電話052(251)5515
営業10:00-18:00
2024年11月7日
加藤孝造の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ
御所蔵の加藤孝造の陶芸作品の買取価格を知りたい方は、高額査定の北岡技芳堂にお任せください。
加藤孝造の作品を他社よりも高い買取価格で査定しています。 買取査定のポイント、加藤孝造の作品の買取情報をご確認ください。 簡単LINE査定も随時受付しております。
加藤孝造の作品をお持ちでしたら、ぜひ北岡技芳堂にご相談ください。 先代様の加藤孝造のコレクションやご自身が蒐集されました作品、または譲り受けた加藤孝造の作品を鑑定して買取りいたします。
陶芸作品の遺品整理、生前整理、コレクションの整理、お引越し、リフォーム、お片付けなどでご所蔵の加藤孝造の作品を適正評価でご売却したい方、ぜひ当店にご相談下さい。 誠意を持ってご要望に沿うよう、高価買取をさせていただきます。

加藤孝造 本人
「自分の気持ちが投影できたかが最も大事」。陶芸の人間国宝加藤孝造さんは、作陶の心構えについて話す。
師の荒川豊蔵の教えを象徴するのが「窯を焚いとれば、温度も上がるし、釉薬も溶けてくる」という言葉。「窯を焚くと三、四日と時間がかかる。早く焼けないかと焦る私に、荒川豊蔵先生は『焦るな』と言いたかったのだと思う」。合理性や効率を求めず、自然の中で、土、炎、そして自らとじっくり向き合う作陶。
やがて師が亡くなり、ガス窯や電気窯の性能が向上しても、加藤孝造さんはその姿勢を貫いた。「合理性は否定しないが、焼き継がれた美濃の陶芸がなくなるのは違う。
加藤孝造 瀬戸黒茶碗
瀬戸黒とは、桃山時代に生み出された技法で一度廃れてしまったが、人間国宝の故・荒川豊蔵氏によってよみがえり、加藤孝造さんに受け継がれた。
桃山時代に現在の岐阜県大萱周辺で焼かれた茶陶です。漆黒茶碗が茶人に好まれたため、瀬戸黒はほとんど茶碗しか作られる事はありませんでした。胎土は志野と同じ百草土で、轆轤で成形され、底が平たく高台は小さめの円筒型の茶碗が特徴です。釉薬は長珪石と土灰を合わせ、これに鬼板(酸化鉄・マンガン等を含む天然の原料)を加え、窯に入れて焼きます。
1200度という窯のなかから引き出して急激に冷さないと出ない色。引き出すタイミングを見計らう勘と、炎に対する気迫が必要不可欠な焼き物である。
加藤孝造は、「新しさの根底には伝統がなければいけない」という。
釉薬についても、加藤孝造は試験場で研究し、あれこれブレンドして、志野や織部を造っていたが、荒川豊蔵は、「探せば、必ず原材料はある」と言うのだ。
「自分の足で見つけるのも、ひとつの研究ではないか」。むしろ、そういうものを見つけることが大事であると荒川豊蔵から薫陶をうけた。
桃山時代茶陶の再興を遂げた荒川豊蔵との出会いにより、多大な影響を受けて加藤孝造自身も美濃焼に生涯を捧げました。
瀬戸黒以外にも「志野」「黄瀬戸」「鉄釉」などをすべて穴窯で薪を使って焼成しました。豊かな造形と、独自の緋色など、桃山古作に迫る作品は国内外でも高く評価され、国立近代美術館やニューヨーク・クラフト美術館などにも多数作品が所蔵されています。
加藤孝造の買取でよくある質問
Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが、品物により出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。
Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.加藤孝造の作品は、当店が真贋を拝見させていただき判断させていただきますので、一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像をお送りいただく方法もございます。
Q.加藤孝造の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定いたします。お値段が合いましたら、買取りもさせていただきます。
Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが、査定額は低くなってしまう可能性がございます。
Q.加藤孝造の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は、実際に作品を拝見させていただきます。
Q.加藤孝造の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても、絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。
加藤孝造 略歴
1935年 岐阜県瑞波市に生まれる。
1953年 光風会展(洋画)に初入選以後八回出品。 この年より岐阜県陶磁器試験場にて加藤幸兵衛氏に陶芸の指導を受ける。
1954年 第十回日展(洋画)に初入選しこの年の全国最年少者入選、以後三回出品。
1955年 岐阜県陶磁器試験場工芸科(主任技師)のころより進路を陶芸に固める。
1957年 皇太子殿下ご成婚を祝し岐阜県より献上の染付「浅間山」陶板を制作する。
1959年 朝日新聞社主催現代日本陶芸展に初入選する。 ニューヨーク・ボニエル工芸店にて初個展。
1962年 朝日新聞社主催 現代日本陶芸展課題作の部にて三席に入賞する。 日本伝統工芸展に「志野日帯文壺」初入選、以後同展に出品する。
1963年 朝日陶芸展入選入賞、以後受賞を重ねる。
1965年 岐阜県より献上の染付「鵜飼」陶板二面を制作する。 多治見市星ヶ台に薪・石炭併用の倒焔式単独窯を築く。
1966年 日本工芸会の正会員となる。
1967年 朝日陶芸展にて「鉄釉壺」が優秀賞受賞。同展の評議委員となる。
1968年 第十五回日本伝統工芸展にて「鉄釉花器」で優秀賞(朝日賞)を受賞する。
1969年 第一回東海伝統工芸展最高賞(第一席)を受賞する
1970年 岐阜県陶磁器試験場工芸科を退職し多治見市星ヶ台に独立し制作活動に入る。 この年、陶房に来訪された荒川豊藏氏の助言を得て穴窯築窯を決意する。
1971年 多治見市星ヶ台に半地上式単室穴窯を築く。 朝日陶芸展審査員となる。
1972年 東京三越本店にて個展、以後隔年開催。 大阪高島屋にて個展。
1973年 可児市久々利平柴谷に穴窯と登窯二基を築き制作の場とし、桃山の陶芸技術の追求に努める。
1975年 中日国際陶芸展評議員となる。以後主として個展を作品発表の場とする。
1979年 名古屋松坂屋本店にて「志野・瀬戸黒・黄瀬戸」による、茶盌五十選展を開く。
1981年 名古屋松坂屋本店にて作陶二十年記念個展を開催する 中華民国歴史博物館主催日華現代陶芸展に招待出品。
1982年 読売新聞主催現代の茶陶百盌展招待出品。 名古屋松坂屋本店にて「中国の秘境探訪」をテーマに陶画展を開く。
1983年 加藤幸兵衛賞が創設され第一回加藤幸兵衛賞を受賞する。東海伝統工芸展監査員となる。 東京国立近代美術館主催 伝統工芸三十年の歩み展出品。
1984年 中日国際陶芸協会賞を受賞する。
1985年 日本陶磁協会賞を受賞する。岐阜新聞社賞教育文化賞を受賞する。
1986年 中日国際陶芸展審査員となる。 大阪ツイン21ナショナルタワーとMIDタワーのメインロビーに 志野陶壁 「漠煌平」・「織部陶壁」・「海潮音」を制作。 東海信用金庫本店ロビーに志野陶壁「みのり」を制作。
1990年 大阪IMPビルロビーに陶壁「展」制作。 平成天皇即位の礼を祝って志野扁壺(岐阜県)を献上。 美濃陶芸協会会長となる。
1991年 多治見市無形文化財に指定される。 1992年 岐阜市葬祭殿ロビーに陶壁「夢」を制作。 多治見市産業会館に陶壁「清輝」を制作。
1994年 多治見市役所に陶壁「涛」を制作。 東海テレビ文化賞を受賞する。
1995年 瑞浪市瑞浪小学校ロビーに陶壁「風魂」を制作。 志野・瀬戸黒の技法で、岐阜県重要無形文化保持者に認定される。
1996年 現代日本陶芸の秀作 アジア巡回展に出品する。
1997年 社団法人美濃陶芸協会会長を辞し、名誉会長となる。
1998年 中日文化賞を受賞する。 岐阜県芸術文化顕彰を受賞する。
1999年 可児市の陶房に小民家を移築し「風塾」を創設する。
2002年 丸沼芸術の森にて幽玄の世界「瀬戸黒孝造展」を開催する。
2003年 第四回織部賞を受賞する。 日本伝統工芸展50周年記念「わざの美」展出品する。岐阜県文化財保護審議委員となる。
2005年 岐阜県陶磁資料館顧問となる。 地域文化功労者文部科学大臣表彰。
2007年 紺綬褒章を受章される。
2008年 日本橋三越本店にて作陶五十年記念「加藤孝造展」開催する。
2009年 社団法人美濃陶芸協会名誉顧問となる。平成21年度岐阜県各界功労者表彰。
2010年 第29回伝統文化ポーラ賞を受賞する。瀬戸黒の技法で国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される。
2012年(平成24年)旭日小綬章受章し同年瑞浪市の名誉市民に選ばれる。
2013年(平成25年)に多治見市名誉市民に推挙され[6]可児市名誉市民にも選ばれた。とうしん美濃陶芸美術館の2015年5月開館(平成27年)に際して陶壁「連」(つらなり)を制作。美術館の入り口から入って真正面に展示されている。最晩年及び晩年は孝造自身の作品はもとより、長年師と仰ぎ自ら傾倒し各種方面から大収集した故人間国宝荒川豊蔵の代表作品や関連する美濃陶磁資料を地元ならず各地の美術館などに寄贈した。
2023年4月17日(令和5年)岐阜県多治見市の病院で急性心不全で死去。88歳没。
2023年(令和5年)6月下旬から7月2日まで、とうしん美濃陶芸美術館(地元多治見市にある信用金庫本店の、東濃信用金庫関連施設)において追悼展が開催され、「黄瀬戸、志野、灰釉など初公開含む15点」が展示された。
2023年(令和5年)7月10日、美濃陶芸協会は「若手陶芸家の育成や美濃陶芸発展への貢献をたたえ」「美濃陶磁育成智子賞」で初の特別顕彰を贈った。
2023年(令和5年)7月31日、バロー文化ホール(多治見市文化会館)において瑞浪市、多治見市、可児市、美濃陶芸協会の主催により「名誉市民 故 加藤孝造氏追悼式」が執り行われ、約900人が参列した。7月31日から8月31日まで岐阜県セラミックス研究所(多治見市星ケ台)において、「加藤孝造追悼展」として氏の陶磁器試験場職員時代の「見本試作品」64点が展示される。
岐阜県可児市は2023年(令和5年)8月23日の定例会見で「加藤孝造さんが生前に作陶していた窯などの寄付を受ける考えを明らかにした」。同市久々利平柴の窯場の土地、付随する建物(古民家移築群)、平成時代に築き上げ整備した登り窯や穴窯等の全て。市によると、寄贈されるのは、建物3棟(計406平方メートル)と土地(9803平方メートル)、敷地内の窯や道具、加藤さんが収集した美術品などが遺族親族側より寄付寄贈される申し出と公式に発表。市は荒川豊蔵資料館と並んで「美濃桃山陶の聖地」「志野焼誕生地の聖地」として幅広く世界に可児市としてもPRしていく考えだと表明している。
加藤孝造 志野茶碗
志野焼は、日本の焼物の歴史を代表する美濃焼の一種です。 釉薬のかかっている部分は、美しい乳白色でぽってりと仕上がり、釉薬の薄い部分には緋色が見えます。
現在の陶芸家も志野焼を作陶される方は多いですね。しかし桃山時代の志野焼に到達する作家はなかなかいませんね。志野焼の中でも桃山志野と呼ばれる安土桃山時代の作品は、骨董業界でも非常に評価が高く高値で取引されています。
加藤孝造の志野は、どっしりとした志野焼独特の豪快さと釉薬のやわらかさも共に感じる素晴らしい作品です。
加藤孝造の買取で当社が選ばれる理由
1.当社は人件費や運営のコストを削減しておりますので、その分高価買取が可能になります。
2.創業昭和25年より、秘密厳守にて買取させ頂いております。
3.加藤孝造の作品のオークションデータに基づいて適正価格で買取りさせて頂きます。
4.都合があえば即日でも出張買取に伺わせていただきます。
5.従業員ではなく、店主自らが鑑定に伺わせていただきます。
加藤孝造 査定価格におけるポイント
加藤孝造の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。
幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。
作品の種類
加藤孝造先生の作品は瀬戸黒茶碗に高値の査定価格がつきます。
40万円ぐらいの買取相場です。ぐい呑みですと3万前後になります。
保存状態
茶碗などは使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。
作品の出来・不出来
加藤孝造の作品は窯の焼き上りを重要とします。上がりが良い作品と上がりが悪い作品があります。
豪快な作行きの作品が高値の傾向にあります。加藤孝造展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。
平紫谷のサインが追加された作品が高値で取引されています。
制作年代
加藤孝造先生の作品は、初期の作品よりも後期の作品の方が査定価格が上がる傾向にあります。
※このように同じ加藤孝造の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。
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美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。
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2024年11月6日
涼しくなるどころか寒くなったような! 北岡技芳堂の骨董品買取ブログ
暑かったのが涼しくなり少し寒くなりましたね!
「秋がない」は「飽きない」と「商い」を掛け合わせた言葉で、「いくら食べても飽きない、商売繁盛」を願う団子屋さんのユーモアが込められていると言われています。
しかし本当に秋がない!
地球温暖化の影響で、日本の四季が二季に変化する可能性はありますが、秋が完全に消えてしまうわけではありません。
ただし、地球温暖化による気候変動によって、四季の変化が極端化したり、快適な気候が少なくなったりする傾向にあるように感じます。
ファッションにとってゆゆしき問題です。
なぜなら、春と秋はファッションを楽しむのに絶好の時期で、旅行にも最適です。
暑くなるとジャケットを着れないし、寒くなるとすぐにコートを着なくてはいけなくなる。
春・秋ならではの味覚やレジャーもあり、そうした春・秋が短くなると、人生を快適に過ごす時間が半減します。
地球温暖化の原因となっているCO2(温室効果ガス)を急激に下げたとしても、地球には慣性があるので急に改善することはなく、少なくともこの先10年はがまんが必要と聞いたことがあります。
香嵐渓の紅葉
海面の水温が上がって水蒸気が大量発生すると豪雨が増え、台風も巨大化し、夏は40℃級の酷暑が続き、熱中症の患者が増える。
今年も暑かったですね!来年はどうなることか。
その一方、日本海では冬でも海面水温が高く、水蒸気が線状降雪帯の雲を作り、寒波到来のたび、容赦ない大雪が降る。
寒すぎるのもどうかなと思います。異常気象が頻繁に起こる確率が急速に増しているみたいですね。
時折、冬は冬らしく寒くなる。温暖化なんて嘘だと言う人がいますが、実は寒暖の変化が激しいのが温暖化時代の冬の特徴みたいですね。
多くの気象学者が、産業革命前(1850年)の世界の平均気温との温度差が1.5℃を超えると、もう後戻りできないほど、生活に悪影響を及ぼすと考えています。
というのも、北極の氷やシベリアの永久凍土などがいったん溶けたら、再凍結しないからです。
そうなると、人類が経験したことのない予測不能な事態が発生します。
実は、世界の平均気温は産業革命前と2023年を比べると、1.48℃も上昇しているみたいです。
いまさらどうすることもできないのか?
理論上は『取り返しのつかないアナザーワールド』にほぼ突入しているみたいです。
私たちは気候への意識を高め、危機感を持ち直す必要がありますが果たしてどうすればよいのか?
5月からセミが鳴き、7月に豪雨が増え、8・9月は灼熱の酷暑となり、紅葉は12月に色づくようになるという。
このまま夏が長引くのが当たり前になれば、「紅葉はまだかな」なんて思っているうちに雪が降ってくるようになるでしょう。
つまり、〝秋の消滅〟がすぐそこまで迫っています。
四季を楽しむ日本の文化も季節がずれたり短くなると、色々とこれから不都合なことが起こりそうに思います。
どうなるか!子や孫の時代は?
地球は?
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2024年11月5日
ブライトリングの腕時計の話 北岡技芳堂の骨董品買取ブログ
懐かしい!

ブライトリング 1965 コ・パイロット
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2024年11月4日
原清の作品を買取り致します。 北岡技芳堂の骨董品買取りブログ
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陶芸作品の遺品整理、生前整理、コレクションの整理、お引越し、リフォーム、お片付けなどでご所蔵の原清の作品を適正評価でご売却したい方、ぜひ当店にご相談下さい。 誠意を持ってご要望に沿うよう、高価買取をさせていただきます。
原清のひと抱えもある大きな壷に描かれた馬を見ていると、ラスコーの洞窟絵を思い出します。
原の馬は、先史時代に描かれたようなプリミティブな素朴さを秘めつつも、フォルムは洗練の極みに表現され、天まで昇っていくのではないかという軽やかな足どりに思わず惹き込まれます。
眺めていて、あきることがなく、そのうちに、愛おしくなってきて、壷ごと抱きしめたくなります。
大鉢の周りに咲く草花、木々の間で羽根を休める鳥など、原清が作品に表す植物や動物へ注ぐ視線は、限りなくやさしくて温かくて慈愛に満ちています。
原清 鉄釉馬紋大壺
原清は、石黒宗麿と清水卯一に師事します。
鉄釉陶器の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。鉄釉陶器は、釉に含まれる鉄分によって黒色・茶色・黒褐色・柿色などに呈色させる陶芸技法で、東洋で独自に発展しました。原清は、鉄釉の特性を生かした制作を続け、独自の作風を確立しています。
原清 本人
原清は、釉薬の研究に長年取り組んだことで生み出された碧釉、柿釉、鈞窯などの作品で知られており、特に鉄釉陶器が評価されています。
鉄釉陶器は、釉薬に含まれる鉄分によって黒色や茶色、黒褐色、柿色などに呈色する陶器の制作技法で、鎌倉時代から室町時代に中国から日本に伝わりました。
この鉄釉の特色を生かして黒釉と褐色釉を二重掛けし、動植物の文様を表現しました。
原清は、「文様には陶器を一層輝かせる役割がある」という言葉を述べております。
原清の買取でよくある質問
Q.1点でも買取りしていただけますか?
A.1点でも買取り可能ですが、品物により出張買取が難しい場合もありますので、一度ご相談ください。
Q.本物か偽物か分かりませんが買取りしていただけますか?
A.原清の作品は、当店が真贋を拝見させていただき判断させていただきますので、一度お問い合わせ下さい。ラインやメールで先ずは画像をお送りいただく方法もございます。
Q.原清の作品以外にも陶器などがあり運べませんので出張買取りしていただけますか?
A.もちろん出張鑑定いたします。お値段が合いましたら、買取りもさせていただきます。
Q.箱や箱書きが無いのですが買取りしてもらえますか?
A.共箱が無くても買取りは可能ですが、査定額は低くなってしまう可能性がございます。
Q.原清の作品は画像で査定していただけますか?
A.画像で判断できる品もありますが、簡易査定となります。画像査定が難しい場合は、実際に作品を拝見させていただきます。
Q.原清の作品ではありませんが買取りしていただけますか?
A.陶芸作品でなくても、絵画や骨董品など様々な物が買取り対象となります。
原清 略歴
1936年 島根県に生まれます。埼玉県寄居在住
1954年 京都にて石黒宗麿・清水卯一に師事します。
1958年 日本伝統工芸展に初入選します。
1961年 日本工芸会正会員に推薦されます。
1963年 国立近代美術館・朝日新聞共催の「現代国際陶芸展」に 招待出品
1965年 東京都世田谷区に築窯独立します。
1969年 伝統工芸新作展優秀賞受賞 日本伝統工芸展奨励賞受賞
1970年 京都国立近代美術館にて開催の「現代の陶芸・ヨーロッパと 日本展」招待出品
1976年 埼玉県寄居に工房を移転。 1981年 台北市国立歴史博物館開催の国際交流協会主催 「日華現代陶芸展」招待出品
1982年 香港ミュージアム オブ アート開催「現代日本陶芸展」 招待出品
1983年 ワシントン スミソニアン ナショナル ミュージアム開催 「日本現代陶芸展」招待出品。 毎日新聞社主催「全日本伝統工芸選抜作家展」招待出品。 国立近代美術館開催「伝統工芸30年の歩み展」招待出品
1986年 世田谷美術館開館展招待出品。同館買上げとなります。
1990年 日本工芸会理事就任する。
1995年 紺綬褒章授章
1996年 国際交流基金主催「現代陶磁器の秀作アジア巡回展」 招待出品
1997年 日本伝統工芸展優秀賞受賞
2003年 日本伝統工芸展50周年記念展「わざと美」招待出品
2005年 鉄釉陶器が重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されます。 日本工芸会参与就任
2006年 NHK主催人間国宝制度制定50周年記念「人間国宝展」 招待出品
原清 鉄釉方形草花文花瓶
原清は、端正な器形に、草花や鳥のような愛らしいモチーフを組み合わせ、緊張感と叙情性が共存する作品を目指しています。
作品は、量感ある壺に黒と茶色の二色の鉄釉を重ね掛けし、花鳥文を大らかに描き出しています。
原清 鉄釉鳥文大鉢
石黒宗麿の内弟子となった原清だが、最初に、ろくろや土に触ることはならぬと言い渡された。
何はともあれ、すべてを預けよう。
「今日で死ねと言われたら、死んでもいいというくらいの覚悟でした」。
朝は7時に朝食を出すから、それまでに、犬2匹の散歩と、庭に箒の目を入れておくように、と言われる。
そんなの簡単、1時間もあればできる。
そう思っていたら、犬は仲が悪くて1匹ずつしか散歩ができず、庭は600坪もあって時間がかかる。
初日は終了が10時半。当然、大目玉をくらう。
お詫びをして、次の朝から4時に起きた。
ある冬の日、庭に積もる雪を見て、今日は箒の目は入れなくていいだろうと勝手に判断。
すると、またまた大目玉。「ここは八瀬のあばら家だけど、ここでやっていることは大きなお寺と同じこと。あばら家でも修行はできるんだ」と、石黒宗麿が言う。
以来、不思議なのだが、人生観が変わったみたいに、朝が楽しくなってきた。
お坊さんと同じ修行をしているという自信のようなものか。
そのうち、犬の散歩をしながら俳句が浮かぶ。
そうなると、これまで見過ごしていた草花がハッキリと目に映る。
ものの見方や考え方も少しずつ変わってきた。
原清 査定価格におけるポイント
原清の作品は同じ様な作品であっても、査定額は大きく異なってきます。
幾つか要素を挙げますのでご参考にして下さい。
作品の種類
原清先生の作品は、鉄釉の作品が高値の傾向にあります。
5万円から30万円ぐらいの買取相場です。
作品は大きければ大きいだけ高値が付く傾向にあります。50万円の高値が付いたこともあります。
保存状態
茶碗などは使いすぎると汚れてしまい査定価格が下がります。箱が汚れているのも査定価格が下がります。
作品の出来・不出来
草花、木々の間で羽根を休める鳥、馬の図柄が高値の傾向にあります。
碧釉、柿釉、鈞窯の作品もございます。
原清展などの展示会での掲載作品であると高い評価が出来ます。
制作年代
原清先生の作品は、初期の作品よりも後期の作品の方が査定価格が上がる傾向にあります。
※このように同じ原清の作品でも、様々な要素により査定額は異なります。 また、相場(業者間での流通価格)も変動します。
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弊店は販売をする店舗だからこそあらゆる骨董品が高価買取を可能にします。
美術品の売却をご検討なさっているお客様や、ご実家のお片付けや相続などでご整理をされているお客様のご相談を賜ります。
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北岡技芳堂では骨董品の他にも、絵画や貴金属、宝石、趣味のコレクションなど様々なジャンルのものを買受しております。
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