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萬鉄五郎(よろずてつごろう)

1850年 岩手県東和賀郡十二ケ村に、父八十次郎、母ナカの長男として生まれる。

1892年 土沢尋常小学校に入学。この頃の鉄五郎は絵を好み、武者絵などに見入り、めったに戸外では遊ばない内気なおとなしい子供であったと伝えられる。

1896年 土沢尋常小学校を卒業。土沢高等小学校に入学。同級に小田嶋孤舟がいた。

1899年 この頃、日本画を独習する。11月、和賀郡教育品展覧会に出品。

1900年 土沢高等小学校を首席で卒業。中学への進学は、祖父に許されず断念。

1903年 私立神田中学校三年への編入学が認められる。
私立中学郁文館(現・郁文館高等学校)の三年に入学。
私立早稲田中学校(現・早稲田高等学校)三年に入学する。
絵画への関心は強く、淡翆会という絵画同好会に加入し、写生会などに参加、たびたび水彩画の展覧会を行う。
水彩画家真野紀太郎をしばしば訪ね、作品の批評を受ける。
ヨーロッパから帰国した大下藤次郎を青梅仲町に訪ね、作品の批評を受ける。 

1904年 臨済宗円覚寺派の僧、釈輟翁宗活禅師が営む両忘会の禅道場両忘庵に参禅。
鉄五郎は「雲樵居士」を授けられる。初期の日本画にある「雲樵」の落款はこれにあたる。後藤瑞巌らを知る。

1905年 本郷区菊坂町にあった白馬会第二洋画研究所に通い始め、長原孝太郎、小林鍾吉の指導を受ける。

1906年 早稲田中学を卒業。早稲田大学高等予科に入学手続きを取る。
宗活禅師による北米布教活動が計画され、後藤瑞巌、佐々木指月などとともに鉄五郎もこれに加わる。
アメリカでの絵画の勉強をあきらめ、帰国の途につく。
再び白馬会第二洋画研究所に通い始める。

1907年 東京美術学校(現・東京藝術大学)西洋画科予備科に入学。
同期に山下鐵之輔、平井為成、熊岡美彦、斎藤知雄(素巌)などがいた。
東京美術学校西洋画科本科に入学。第11回白馬会展に出品。

1909年 春、浜田よ志と結婚。第12回白馬会展に出品。

1910年 第13回白馬会展に出品。

1911年 アブサント同人小品展に出品。同展には、二カ月前に夭折した青木繁の《自画像》《黄泉比良坂》も展示された。
参加者には、萬のほかに同級の平井為成、山下鐵之輔らがいた。

1912年 巣鴨洋画展覧会に出品。東京美術学校西洋画科本科卒業。
卒業制作は《裸体美人》《自画像》。
山中恕亮主催美術展に出品。第1回雑草会展に出品。
雑誌『モザイク』主催第1回展に出品。
北虹会洋画展に出品。
斎藤與里、岸田劉生、清宮彬らの「ヒュウザン会」に、高村光太郎、植原桑喜代(久和代)、木村荘八、小島善太郎、山下鐵之輔、鈴木金平、小林徳三郎、平井為成、バーナード・リーチ、岡本帰一らとともに参加。
第1回ヒュウザン会展に出品。拓殖博覧会の台湾館の大壁画を、久米桂一郎、和田英作の監督のもとに小代為重が中心となって、近藤浩一路、田中良らと制作する。
御厨純一らとともに青山熊治を中心とする海底旅行のマリオラマの制作に従事。

1913年 短期現役志願兵として、北海道旭川の第七師団に入営。
輜重兵として第七大隊第二中隊に配属となり、三カ月間務める。
師団のロシア語教官をしていたロシア文学者米川正夫を知る。
第2回フュウザン会展に出品。
5月25日、フュウザン会解散。
北虹会小品展に出品。
小林徳三郎に勧誘されて、島村抱月、松井須磨子によって結成された芸術座第一回公演の舞台装置や電車用ポスターなどの製作に携わる。

1914年 長男博輔が生まれる。黄菊社展に出品。

1915年 第1回七光社展に出品。第5回北虹会洋画展に出品。

1916年 「十二月色紙会」を興す。、第2回黒耀社美術工芸展に出品。

1917年 第5回七光社展に出品。
第2回日本美術家協会展に土沢で制作した作品をまとめて出品。
第4回二科展に出品。第4回院展洋画部に出品。

1918年 盛岡市在住の書家・郷土史家の新渡戸仙岳に、日本画の雅号選定を依頼する。
晩年の文人画に使われる「犂耳窩主」の落款印はこの時の依頼による。
第5回日本水彩画会展に出品。
第5回院展洋画部に出品。
第1回岩手県芸術品展に出品。

1919年 第1回一月会展、第1回創作版画協会展に出品。
第16回太平洋画会展に出品。
第6回二科展に出品。
林倭衛、東郷青児、鍋井克之とともに二科会会友に推挙される。

1920年 「四十年社」の結成に参加し、発会式に出席。
第1回四十年社展に出品。

1921年 第2回風国美術協会展に出品。
第8回日本水彩画会展に出品。
第2回四十年社展に出品。
第4回岩手県芸術品展に出品。
第3回帝展に《水浴する三人の女》150号を搬入したが落選。
この作品は後に萬自身の手によって切断されたが、木炭や墨などによる下図数点によって作品の原形を知ることができる。

1922年 小杉未醒(放庵)、山本鼎、長谷川昇、倉田白羊、足立源一郎、森田恒友、梅原龍三郎らの春陽会への参加を勧誘する。
岸田劉生、木村荘八、石井鶴三、中川一政、山崎省三らと客員として春陽会に参加。
第4回創作版画協会展に出品。
第9回日本水彩画会展に出品。この時、同会の会員に推薦されるが、後に脱会。
第5回岩手県芸術展に出品。
第3回四十年社展に出品。
萬鉄五郎日本画展)を開催。この時、画会「鐵人会」を興す。
南画の研究を深め、美術雑誌を通じて、文学史家・文芸評論家本間久雄と、南画及び明治初期の南画家菅原白龍の芸術に関し論争を交わす。

1923年 画友小林徳三郎、児島善三郎、林武、前田寛治、恩地孝四郎、松本弘二などとともに円鳥会を結成。
第10回日本水彩画会展に出品。
岩手県出身者を中心とした在京美術家の団体「北斗会」が結成され、会員となる。
第1回春陽会展の出品審査に出席。
以後、春陽会展の出品審査には、大正15年の第四回展まで連続して出席する。
第1回春陽会展に出品。
第1回円鳥会展に出品。
原精一、森田勝、鳥海青児らが茅ヶ崎に萬の画室を訪ねるようになる。
春陽会の客員制廃止により、同会の会員となる。

1924年 第11回日本水彩画会展に出品。
第2回春陽会展に出品。
第2回円鳥会展に出品。
萬鐵五郎裸体十題木版画会を興す。
鐵人邦画会を開催。
第1回湘南洋画会展に出品。
萬鐵五郎氏作品展を盛岡にて開催。
第3回円鳥会展出品。
第4回四十年社展に出品。

1925年 第12回日本水彩画会展に出品。
第3回春陽会展に出品。
第2回湘南美術会展に出品。
第5回四十年社展に出品。

1926年 第4回春陽会展に出品。『マロニエ』主催諸家素描水彩展に出品。
聖徳太子奉賛展に出品。
萬鉄五郎・秋田義一・小林徳三郎・虫明柏太・大森桃太郎五人展に出品。
第6回四十年社展に出品。
第16回七光社展に出品。

1927年 第5回春陽会展に出品。結核性気管支カタルから肺炎を併発。
5月1日、午前10時30分、神奈川県高座郡茅ヶ崎4275番地の自宅に於いて死去。
享年41歳5カ月。

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