富岡鉄斎の高価買取・鑑定は、名古屋の『ギャラリー北岡技芳堂』へ

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富岡鉄斎(とみおかてっさい)

1837年1月25日京都三条通新町東、法衣商十一屋伝兵衛・富岡維叙の次男として生れる
はじめ猷輔を通称とし、のちに道昴・道節と称し、明治のはじめには鉄斎を名としたこともあるが、のち百錬を戸籍上の名とし、字を無倦、号を鉄斎とした。

1853年 窪田雪鷹に師事する。

1856年 21歳 父伝兵衛維叙死去

1858年 23歳 分家

1859年 24歳 羅渓慈本に詩文を学ぶ

1862年 山中静逸に師事。

1867年 32歳 画家中島華陽の女、達(19歳)と結婚 野川へ移居  『銕荘茶譜』を出版

1868年 33歳 長女秋生れる 中井竹山著『草茅危言』を校訂して出版

1869年 34歳 御幸町姉小路上ルに移居
3月天皇に随行して東京へ 妻の達死去 西園寺公望の開いた立命館の教員となる
『称呼私弁』『山陽詩註』を出版

1872年 37歳 佐々木禎三の三女ハル(26歳)と結婚
5月大阪府大参事岩下方平に随って鹿児島へ旅行
東三本木南町、頼山陽の旧居「山紫水明処」に移居

1873年 38歳 長男謙蔵生れる 東京に滞在中、湊川神社に奉職の官命を受け帰洛湊川神社権禰宜兼補訓導に任命さる。地位に不満があり、一応赴任したが、帰洛、辞表提出

1874年 39歳 上京三十区亀屋町へ移居

1875年 40歳 大田垣蓮月尼死去

1876年 41歳 大和石上神社少宮司に任命される
堺県令の内命により大和巡幸道筋の絵図作成のための実地検分和泉大鳥神社大宮司に任命される

1877年 42歳 大鳥神社に赴任、教導職試補を拝命
堺行在所で天皇に拝謁 正七位に叙せられる 大鳥神社官司に任命される

1878年 43歳 河内讃良郡南野村小楠公墓碑落成式に臨む
河内郡上水分村水分神社楠公社五百五十年祭に臨む

1879年 44歳 兼補権少教正に任命される

1881年 46歳 和泉国大鳥神道事務分局長を拝命
兄伝兵衛衛敬死去 兄亡き後、老母に仕えるため官を辞して京都に帰る
上京区室町通一条下ル薬屋町四百二十四、五番戸の家を買う

1882年 47歳 母絹、法衣商十一屋を廃業 薬屋町の家に移居。没年までここに住む
大和高市郡柏ノ森村加夜奈留美神社社殿造営正遷宮の奉幣祭式を務める。

1883年 48歳 谷文晁画「石譜」を模写 高山寺鳥獣戯画を借りて模写

1886年 50歳 中江藤樹像を模写 詩仙堂住尼の後見人となる
狩野楳嶺主宰の京都青年絵画研究会展覧会の品評員となる

1887年 52歳 太秦広隆寺の牛祭を再興

1888年 53歳 京都府皇典講求分一所三等仮試験に合格 車折神社の祠掌となる
冷泉家で冷泉為村の肖像を模写

1889年 54歳 2月高知県土佐郡一宮村高鴨神社に参拝、国府址と紀貫之の旧跡を尋ねる
4月冷泉為紀と江州上坂本の定家の墓に参拝

1890年 55歳 京都美術協会委員となる 京都美術雑誌第1号に寄稿

1891年 56歳 土佐光信五百年祭に光信像を模写
5月摂津川辺郡多田村在芋生村の紺生村を尋ね「絵画叢誌」第51巻に「紺生山」を発表 京都私立日本青年絵画共進会審査顧問となる

1892年 57歳 粟田青蓮院で尊円親王の像を写す  京都市美術工芸品展覧会審査顧問を嘱託される 京都美術協会評議員となる 宮内庁蔵版の鹿持雅澄著
『万葉集古義』125冊を一覧

1893年 58歳 京都市美術学校教員となる 京都市新古工芸品出品鑑別員を嘱託される
京都市美術工芸並著名物産の沿革取調を嘱託される 車折神社祠掌辞職願を提出
京都美術協会特別会員に推薦される 建仁寺の応挙百年祭遺墨展観を見る
本法寺の光悦二百五十年祭で遺作展観を見る

1894年 59歳 「等伯画説」を書写する 京都市工芸品展覧会出品審査員を嘱託され、絵画部審査部長となる
5月名古屋・秋葉山・興津へ旅行、興津清見寺で書画70葉を制作
京都市美術学校教師を嘱託され修身を講じる

東大寺尊勝院の経庫に収納する経典4,555巻を点検

1895年 60歳 醍醐三宝院に泊まり什宝を見る  第4回内国勧業博覧会審査官に任命される
醍醐寺保存会評議員を嘱託される 母絹死去(85歳)
6月伊賀上野の兼好法師の塚を弔う 大極殿遺跡建碑取調委員となる
日本青年絵画共進会協議員となる 冷泉家の家宝を見る
小沢蘆庵追悼展観を円山左阿弥で行う
伏見仏国寺の銅碑を尋ね、黄檗山万福寺の大雅筆襖絵を見る

1896年 61歳 新古美術品展覧会絵画部審査員となる 書肆嵩山堂から高其佩の「指頭画説」を借りて筆写 長女秋死去(29歳)

1897年 62歳 南画協会と後素如雲社展にのみ出品する。

1898年 63歳 和気会評議員となる 伊賀上野の広願寺で十六羅漢供養会(画会)を催す
黒谷金戒光明寺方丈書院の襖4枚、壁紙全紙をはじめ、境内寺院の襖合計14枚を描く。 午前8時より始め夕方6時に終わる

1900年 65歳 京都美術協会創立十周年記念式に伏見宮貞愛親王より金牌を受ける
金閣寺の夢窓国師550年忌に出席

1901年 66歳 第8回美術品展覧会出品協議員となる渡辺崋山遺愛の鳳淵閣を購う
妙覚寺内の狩野家墓を修理

1902年 67歳 橋本雅邦の招宴に出席、富士図と印を雅邦に贈る
南禅寺宮崎氏画仙堂の青木木米70年祭に出席、陶器の陳列を見る

1903年 68歳 シャム国皇太子の前で今尾景年等とともに陶器に絵を描く
醍醐寺保存会評議員となる

1904年 69歳 伊藤仁斎200年祭を拝する 京都市美術工芸学校嘱託教員を解職
盂蘭盆に宗祖の墓をはじめ、黒谷大江家、白幽子、蘆庵、狩野元信の墓に詣でる
11月寒霞渓に遊び、琴平神社に参拝、円山応挙の遺墨を見る

1905年 70歳 日露戦争で旅順陥落。御苑南門前で帝国万歳を三呼する

1906年 71歳 寺町議事堂で催された日露戦役戦勝の官民祝賀会に赴く
養楽会主催富岡鉄斎先生書画陳列を開催
洛北白川村白幽子山居の跡に石碑を建てる

1907年 72歳 京都久邇邸で侍従東園基愛より御用画制作の内命を受ける
南都倶楽部の柳沢淇園150年祭に出席、遺物陳列を見る
嫡孫富岡益太郎生れる

1908年 73歳 「阿倍仲麻呂唐明州望月図・群仙高会図」双幅完成、京都久邇宮邸にて侍従
東園基愛内覧後、宮中に献上 妙覚寺で狩野元信350年忌を営む

1909年 74歳 2月胃潰瘍により吐血卒倒。4月末平癒
尾形光琳百年忌、抱一の追薦・建墓記念の画と文書類陳列を見る

1910年 75歳 崋山会名誉会員となる 韓国統督府のため、幅三尺縦七尺の大幅を揮毫

1911年 76歳 ドイツの美術学者クルト・グラーゼル夫妻来訪、帰国後レンブラント画譜や補聴器を2度に渡って送ってくる 書庫賜楓書楼落成

1912年 77歳 洛東田中村に羅振玉(清末の著名な金石考証学者 辛亥革命を逃れて京都に住む)を訪問。 謙蔵、奉天出鉄斎これを喜び、銅鼓堂と号す

1913年 78歳 女子美術学校賛助員となる 堀川頭瑞院「大石山科幽居」襖絵12枚を制作

1914年 79歳西宮の辰馬家に滞在して、「阿倍仲麻呂明州望月図・円通大師呉門隠栖図」
六曲屏風一双を制作

1915年 80歳 建仁寺より什宝石磑を借りて図す

1916年 81歳 八坂倶楽部で行われた北京翰文斎書画即売会で50年ぶりに西園寺公望と会い、後日西園寺公望来訪

1917年 82歳 帝室技芸員に任命される 養楽会主催富岡鉄斎先生書画陳列会が催される

1918年 83歳 鉄斎八十三・春子七十二の祝いを祇園円山の左阿弥で催す

1919年 84歳 帝国美術院会員に任命される 大徳寺真珠庵で藤原惺窩300年祭を行う

1920年 85歳 聖徳太子御忌千三百年記念美術展に「蘇東坡図」を賛助出品する。
高野山に「弘法大師像図」を奉納する。

1921年 86歳 西宮の辰馬悦叟の墓碑(鉄斎筆)落成、墓前法要に赴く。

1922年 87歳 孔子二千年祭に参列 書庫魁星閣落成 正五位に叙せられる
 
書庫を新築し、「無量寿仏堂」と命名する

1923年 88歳 米寿内祝として、市内貧困者のために京都市に壱千円を寄付
関東大震災に義金壱千円を送る 大阪高島屋呉服店美術部、鉄斎米寿墨戯展を開催
住居を新築、「曼荼羅窟」と名づける

1924年 89歳 画集『米寿墨戯』を出版 名古屋いとう呉服店で鉄斎作品展観開催、画集『紙芳墨痩』出版
西賀茂神光院で蓮月尼五十回忌法要を営む
12月初旬持病の胆石症発病。中旬一旦快方に向かうが、年末再発、病状はさほど重くなかったが、12月31日様態急変して死去

1925年 1月4日維新の際国事に奔走した功により位一級を追陞して従四位に叙せられる。
同日密葬 1月8日葬儀、寺町四条下ル竜池山大雲院内富岡家塋域に葬る。
法名無量寿院鉄斎居士

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