買取実績

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池上秀畝「枯木寒禽」

池上秀畝
「枯木寒禽」

買取地区:
岐阜県
買取方法:
出張買取

買取価格¥10,000

明治の終わりから昭和にかけて、日本画の旧派を代表する画家として活躍した池上秀畝の掛軸を買取をいたしました。こちらは初期頃の作品のため、江戸絵画の空気が残っておりますが、花鳥画の名手の力量を存分に感じることができます。「枯枝に烏のとまりけり秋の暮」という芭蕉の句がありますが、ちょうど今頃の季節の風景を詠んだものです。以前の持ち主の方もこの掛軸を床の間にかけ、初冬の夕暮れを感じていたのでしょうか。

池上秀畝(いけがみしゅうほ)本名・国三郎は、1874年に現在の長野県伊那市高遠町に小間物問屋の次男として生まれます。祖父・休柳、父・秀花と2代続く画家の家系で、4〜5歳のころから絵に親しんでいました。裕福な商家ということもあって、祖父も父も家業は番頭任せで画業に勤しんでおり、秀畝も手伝いのかたわら自然を写生するのが日課で、14歳のころから「國山」と号していました。

1889年、父親と上京して荒木寛畝に出会います。当時、まだ無名だった荒木寛畝でしたが、洋画家としても日本画家としてもたしかな技術のあるこの画家の最初の弟子となります。4年間、住み込みの弟子として修行に励み、師から写生の重要性など大きな影響を受けました。1890年ごろから、父親の「秀花」と師匠の「寛畝」から1字ずつ取って「秀畝」という画号を名乗ります。

1907年に文展が始まって以降、秀畝は意欲的に作品を出品します。横山大観や菱田春草といった新派の画家たちと競い合いました。1916年から3 年連続で文展特選を受賞、帝展では無鑑査、審査員を務めるなど官展内の旧派を代表する画家として活躍し、伝神洞画塾を主催して多数の門下を育てました。

皇室に献上された作品や貴族の邸宅を飾った杉戸絵など、伝統と近代性を融合させた秀畝独自の作品は高く評価されています。綿密な写生やさまざまな表現方法を積極的に取り入れた作品は、昭和の初め頃には注文から納品までに4年待ちだったとの証言もあるほどの人気作家でした。

戦時中は太平洋戦争開戦日である12月8日にちなんで、毎月8日が戦意昂揚のための奉戴記念日と定められていました。晩年近くになり、秀畝は歴史画のジャンルに挑みます。亡くなるまでの2年間、毎月8日に戦勝を祈願した作品を揮毫し、1年目は売上金を陸軍に献上、2年目は各地の神社に作品を奉納します。古希を迎えてなお、衰えぬ筆力でダイナミックな作品を仕上げ、力作を次々と発表していました。そのような中、第二次世界大戦中の1944年5月26日、東京都下谷区の自宅で狭心症により71歳で亡くなりました。

秀畝と同じ年に生まれ、同じ長野県出身の画家に菱田春草がいます。二人の歩んだ道は、近代日本画の二つの潮流の発生から展開を象徴するもので、比較してみるのも面白いかもしれません。直接の交流の記録はありませんが、ほぼ同時期に上京して本格的に絵を学び始めます。秀畝は、荒木寛畝のもとに弟子入りして師弟関係による修行を、一方の春草は開校して間もない東京美術学校に入学、多様な技法を流派の別なく教授陣から指導を受けて学ぶ近代教育を選び、それぞれ徒弟制度と学校制度という異なる教育を受けました。その後、それぞれ新旧両派の代表的画家として活躍し、近代日本画史にその名を残すことになります。

秀畝は旧派に属する日本画家として紹介されることも多いのですが、一般的にいわれる日本画の特徴とされる画面に余白を残すことをあまりしていなかったり、遠近法的な描き方などから西洋絵画的に見えるところがあります。秀畝は世間の見方はともかくとして「自分は新派でも旧派でもない」と公言していたということもあり、新派の画家たちが取り組んだ画題や表現を思わせるような作品も描いているため、旧派と一括りにされることが多いですが、新派とは異なる立場から新しい日本画を実践したり、表現の多様性を追求していました。

師匠の荒木寛畝は、養子とした荒木十畝よりも秀畝の実力を高く評価していたそうです。しかし、秀畝自身は旧派を背負って立つというような精神を持ち合わせておらず、そのため政治的な対応も得意だった十畝が旧派内で重要な立場を得たことにより、秀畝の存在感は旧派の画家としても薄れていくことになります。

伝統に基づく旧派の画家たちは、当時の展覧会で評価されたことのみならず、襖絵や障壁画、屏風や建具に描かれた作品は屋敷や御殿の室内装飾としても認められ、同時代の人々に支持されていました。しかし、菱田春草らが牽引する「新派」の日本画とは異なり、秀畝の属する「旧派」の作品は当時は評価されていたものの、近年まで展覧会で取り上げられることもあまりなく、知名度も高くはありませんでした。

2024年は池上秀畝生誕150年ということもあり、長野県立美術館、練馬区立美術館で巡回展が開催されていたり、関連展もありましたね。秀畝は、花鳥画から人物画まで幅広いジャンルを得意としました。徹底した写生に基づく描写に、新派の画家たちが取り組んだ空気感の表現なども取り入れて伝統に固執しない日本画表現を見せており、その作品に再びスポットが当てられています。

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※買取価格は制作年、作風、状態などにより相場が変動いたしますので、
掲載されている金額は、ある程度の目安としてご参考にしていただけますと幸いでございます。

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