買取実績
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日本画
三輪晁勢
「朝富士」
- 買取地区:
- 名古屋市内
- 買取方法:
- 店頭買取
買取価格¥30,000
日本画家の三輪晁勢(みわちょうせい)の作品を買取いたしました。花鳥図や人物画などを幅広く描き、晩年は鮮やかな色彩で溢れる美しい作品を生み出しました。日本画家・堂本印象の一番弟子でもあり、義理の弟であることでも有名です。三輪晃勢の父親も画家であり、息子も日本画家の三輪晃久と、三輪家は多くの画家を輩出しました。
三輪晁勢は、1901年に新潟県三島郡に生まれます。父・三輪越龍(本名:大次郎)は、田村宗立や小山正太郎に学んだ洋画家でしたので、幼少の頃から芸術に触れる機会が多い環境で育ちました。1913年に父が日本画家に転身、京都の鈴木松年に師事したことから、翌年に尋常高等小学校を卒業後、家族とともに京都へ移住しました。
1917年、京都市立美術工芸学校 絵画科に入学、同期には麻田辨自や上村松篁らがいました。1921年、京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)日本画科に入学し、同校に在学していた堂本印象に師事します。この時、当時29歳だった印象の「柘榴」に感服して弟子入りを決めたそうです。1924年に京都市立絵画専門学校を卒業し「超世」と号します。
1927年、第8回帝展に「東山」で初入選、翌々年から順調に入選を重ねていきます。翌年に堂本印象の妹ミツ(径子)と結婚します。1931年、第12回帝展に「春丘」で特選となり、翌年から「晁勢」と号を改めます。
1934年に堂本印象主宰による画塾「東丘社』が結成されると、塾頭として活躍しました。1936年、京都の池田遥邨、徳岡神泉、山口華楊らによる、日本画の革新を目指す水明会の結成に参加します。
戦時中は戦争画を手がけ、1942年には海軍報道班員としてフィリピン、セレベス、ジャワなど南方諸島を視察し「キャビテ軍港攻撃」などの数々の戦争記録画を制作しました。
戦後は、京都市展、関西総合美術展、日展などに無鑑査出品を続け審査員を務めます。この頃は世の中が一変し、日本画の世界でも革新が唱えられ、画壇も以前とはまったく異なる状況となっていました。日本画に西洋絵画の技法を取り入れる風潮が強くなり、晁勢の作品も写実に抽象的構成を加えた新たな画風へと変化していきます。
1950年〜60年代の作品は、印象の影響を受けながらも、鮮やかな色彩で独創的な抽象表現を試みています。芸術院賞を受賞した「朱柱(1961)」や1963年に制作された「泳影」もかっこよくて好きです。
1959年に京都市文化使節として、3ケ月間欧米11ケ国を千宗室らと訪問し、単身メキシコにも足をのばします。帰国後は、鮮やかな色調と装飾的な構成による独自の画風を構築し、異国的なモチーフも多く手がけました。また1966年には美術史家・佐和隆研らと共にインドの仏蹟を視察、1970年にもオーストラリア、ニュージーランド等を訪れます。こうしてみると、晁勢は様々な国を訪れて多くのものを吸収していたのでしょうね。
1975年、堂本印象没後は東丘社を引継ぎ主宰となります。1983年、京都市で死去、享年82歳でした。風景や花鳥、人物まで作域は幅広く、晩年になると穏やかな自然を鮮やかな色彩により描いた風景画や装的な花鳥画を描きました。この頃の作品はとてもカラフルで構図も面白いですね。また、鴨川をどりの舞台背景や衣裳を担当したり、小説の挿絵や舞台装置、壁画なども手がけ多方面で活動しました。
【略歴】
1901 新潟県三島郡与板町に、父三輪大次郎、母頊の長男として生れる
1915 京都市立美術工芸学校予科入学
1917 京都市立美術工芸学校絵画科入学
1921 京都市立絵画専門学校入学、堂本印象に師事する
1923 日本美術展覧会に「静物」出品
1924 京都市立絵画専門学校卒業、超世と号する
1927 第8回帝展に「東山」初入選
1928 堂本ミツと結婚
1931 第12回帝展に「春丘」出品、特選となる
1932 第13回帝展に「祖谷の深秋」出品、雅号を晁勢と改める
1934 第15回帝展に「舟造る砂丘」出品、特選となる、大阪高島屋で個展開催、長男晁久誕生
1936 文展に「林檎実る」出品、大阪時事新報に掲載の中山慶一作「節から出る芽」のさし絵を担当する。二女桃子誕生
1937 梅軒画廊及び大阪大丸で個展開催、新文展に「海女」出品
1939 伊東深水、上村松篁、池田遥邨らとの南京、蘇州、鎮江、抗州を視察、
師印象と伴に朝鮮の慶州、平壌を視察、週刊朝日掲載の土師清二作「恋の象限儀」のさし絵を担当する
1940 東京三越で個展開催
1941 天理事報に掲載の松村梢風作「大和の神楽歌」のさし絵を担当する、三女桂子誕生
1942 海軍報道班員としてフィリピン、セレベス、ジャワ、スマトラ、シンガポール、仏印を視察
大阪、京都大丸で個展開催
1944 戦時特別文展に「竜田の神風」出品
1946 京都新聞に掲載の舟橋聖一作「田之助紅」のさし絵を担当する
1959 5月から3ケ月間、京都市文化使節として欧米11ケ国を訪問する
1966 佐和隆研を団長に数名と伴に印度各地を視察旅行
1969 日展理事に任命
1970 オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、タヒチ等を旅行
1971 第二期日展理事に任命
1974 日展理事に再任される、京都市文化功労者の表彰を受ける
1975 日展常任理事となる、堂本印象没後東丘社を主宰する
1980 日展顧問になる
1983年9月7日、下咽頭ガンのため京都市上京区の京都第二赤十字病院で死去、享年82
日展理事、参与、顧問、日本芸術院賞受賞、京都市文化功労者
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※買取価格は制作年、作風、状態などにより相場が変動いたしますので、
掲載されている金額は、ある程度の目安としてご参考にしていただけますと幸いでございます。
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